途絶え青い封筒
菜央は、リュカから届いた最後の手紙を読む。
「あれ、手紙がこれで最後?」
これまで通りの、優しい文通だった。
なのに、これで終わりだなんて不思議だ。
まるで、何かがあって途中でプツンと途絶えたような――そんな気がした。
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時は遡り…1952年。
ある日、春子のもとに届くはずの青い封筒が届かなくなった。
いつものワクワクは、霧のように消えていった。
リュカからの便りが、もう半年以上も途絶えている。
春子は何度も手紙を書いた。
線路沿いの菜の花畑のイラストを添えたり、答えてくれるよう質問をしたり。
でも届くことはなかった。
日々移ろう四季だけが、静かに過ぎていく。
「リュカさんに、何かあったのかしら…」
胸の奥に、不安が重くのしかかる。
「もしかして、この文通も、もう飽きてしまったのかしら…」
嫌な想像ばかりが膨らみ、眠れぬ夜もあった。
春子は、いつもの日常に戻ろうとする。
けれど、文通の楽しみが消えた日々は、笑顔を少しずつ奪っていった。
同僚の洋子が、心配そうに顔を覗き込む。
「春子さん、最近元気ないけど…何かあった?」
春子は少し俯き、手のひらで便箋を軽く握りしめた。
「リュカさんとの文通が、最近途絶えてしまって…」
言葉にすると、胸の奥がひりつくようだった。
洋子は優しく微笑み、手をそっと春子の肩に置く。
「そうだったのね…。でも、大丈夫よ、春子さん。
リュカさんも、きっと元気にしてるはず。
しばらく返事がなくても、あなたを思っていないわけじゃないと思うわ。」
「そうよね。きっと、リュカさんが忙しいだけよね。」
春子は自分にそう言い聞かせ、わずかに笑みを浮かべた。
それでも、心の片隅には不安がひそんでいることを、春子は否定できなかった。
夜、春子は一人、机に向かう。
ペンを握る手に力を込めながら、春子は心の中で静かに誓った。
「これで最後の手紙にしよう――」
そう心に誓い、便箋に言葉を綴り始める。
彼がいつか見たいと言ってくれた、線路沿いの菜の花畑を思い浮かべながら、春の香りを思い出す。
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一方、遥か遠くのリュカの町では、突然の嵐が街を襲った。
港の波は荒れ狂い、家々を打ち付ける風の音が夜を揺らす。
町の郵便局は屋根が壊れ、手紙の仕分けや配送は途絶えた。
街路や小道も水に浸かり、郵便物は行き場を失い、倉庫の片隅で静かに眠っていた。
リュカの家も大きな被害を受けた。
家は壊れ、家具も食料も、春子からの手紙もすべて流されてしまった。
牧場を維持することも困難になり、リュカは親戚がいるブルターニュの別の地方へ引っ越すことを余儀なくされた。
胸に抱えたのは、春子との手紙を失った悲しみと、春子からの手紙を受け取れないもどかしさだった。
なにより、突然手紙が届かなくなったことで、春子が自分のことを心配していないか――
そんな思いが、リュカの胸を重く締めつけた。
新しい住所を伝えたい。
なぜ手紙が送れないのか、春子にちゃんと説明したい――
けれど、春子の手紙も失われ、住所もわからなくなってしまった。
何度も思い出して送ろうとしたが、手元に帰ってきてしまう。
国際友好文通プログラムに問い合わせても、状況は変わらなかった。
手紙は途絶え、届くことはなかった。
二人の間に流れる時間は、まるで止まってしまったかのようだった。
風と波の音だけが、遠くの町に静かに響き渡っていた。
数カ月後、リュカは以前住んでいた家を訪れた。
そこには、もう何も残っていなかった。
目を閉じると、子どものころ、動物たちと走り回った緑の広がる風景が浮かぶ。
ただ、呆然と座り込む。
そして小さく、誰にも届かない声でつぶやいた。
届くかどうかも分からない最後の手紙を、リュカは静かに春子へ送った。
「春子さん、僕の手紙は君に届いているだろうか…」




