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青い封筒と菜の花  作者: 木蓮


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6/10

文通の記憶

時は2025年、現在。


菜央は縁側で、嬉しそうに春子とリュカの文通を読んでいた。

「おばあちゃん、すごく嬉しそう……」


文字の端々から、二人の優しい時間が静かに流れているのを感じた。

「リュカさんも、きっと真剣で素敵な人なんだろうな……」


────────────────────────

リュカの手紙

春子さんの好きな季節は、どんな理由で好きなのですか?


春子の返事

私は春が好きです。名前が「春子」だからだけじゃなく、

春の温かさや、春に咲く花たちが好きなんです。


ところで、あなたはいつから動物を愛するようになったのですか?

子どものころは、どんな夢を見ていましたか?


リュカの手紙

私は生まれたときから、動物たちと一緒に育ちました。

彼らは、家族のように大切な存在です。


子どものころは、小説家になりたいと思っていました。

実は、今でもたまに小説を書いているんです。


春子さんの字、とてもきれいですね。

でも最後の行、少し滲んでいました。

まさか涙……ではなく、うっかりお茶をこぼしたのでは?


春子さんはどんな花が好きなんですか?


春子の返事

小説家……素敵ですね。いつか、あなたの書いた小説を読んでみたいです。


ええ、ちょうどお茶を飲んでいたんです。

でも、あなたの手紙を読んだ瞬間、ふっと笑ってしまって……

ちょっぴり、いじわるですよね。


私は菜の花のように黄色の花が大好きです。リュカさんは?


リュカの手紙

いじわるですか?

たぶん、春子さんが笑ってくれたと思うと、僕は少し嬉しいんです。

手紙の向こうで、春子さんがどんな表情をしているのか、つい想像してしまって……


それも、ちょっとした僕のいじわるかもしれませんね。ごめんね!


黄色の花は好きなんですね。僕は青い花が好きです。

夏になると紫陽花が綺麗に咲きます。


春子さんは、どんなときに笑いますか?

子どものころの思い出でも構いません。

あなたの“笑顔の理由”を、知りたくなりました。


────────────────────────


「おばあちゃんは、どんな美しい風景を見ながら、リュカさんを想ったんだろう……」

そう思うと、胸がわくわくしてきた。


菜央は決心した。


「お母さん、私、明日小湊鉄道に乗ってくる!」



翌朝、菜央は早く家を出た。

五井駅に到着し、切符を購入する。


掲示板を見ると、今年でちょうど100周年を迎えるという、歴史ある鉄道だ。


電車がゆっくりと駅に滑り込む。

車窓からは、春の光を浴びて黄金色に輝く菜の花畑が広がっていた。

風に揺れる花々は、小さな波のように揺れ、遠くまで続いている。


「わあ……きれい……」

菜央は息を呑み、手紙で読んだおばあちゃんの笑顔を思い浮かべた。

おばあちゃんは、毎朝この風景を見ながら、リュカさんのことを思っていたのだろうか。


手紙の文字から伝わってきた、ふたりの優しい時間が、まるで現実に溶け込んでいるかのようだった。


菜央はスマートフォンで写真を撮った。

でも、シャッターを押す手が止まった。


この時代の二人には、気軽に写真を撮るという文明はなかった。

言葉だけで、想いを伝え合っていたのだ。


「写真にしても、この景色の匂いや風、音までは伝わらない……

でも二人の手紙には、確かに伝わっていたんだな」


窓の外に広がる菜の花、風に揺れる草の匂い、遠くで鳴く鳥の声。

すべてが、春子とリュカの物語とつながっている気がした。


「私も、この景色を見ながら、誰かのことを思えるかな……」

菜央はそっと微笑んだ。


100周年の歴史ある小湊鉄道は、今日も静かに、未来と過去を結ぶ優しい時間を運んでいた。


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