第9話 宰相の娘の真意
宰相の娘、セシリア・エヴァンス。
彼女は確かに国の意志を背負っていた。だが、その瞳には時折、冷たさの奥に別の感情が垣間見えた。
今、彼女の部屋で向かい合っているのは俺ひとり。
「答えを、聞かせていただけますか?」
セシリアは静かに言った。
「もし協力したら……俺は何をさせられる?」
「あなたのスキルで、各地の脅威の情報を記録してほしい。王国は今、魔物の異常発生に悩まされています」
彼女は机に広げた地図を指でなぞった。
「北方辺境、ベルン砦周辺。ここ数ヶ月で魔物の数が倍増しています。原因不明。――王国は手が足りないのです」
その声は冷静でありながら、どこか切実だった。
俺は口を開きかけ、そして躊躇した。
セシリアの言葉が真実かは分からない。
だが、彼女の目には作り物ではない焦りが宿っていた。
「……なぜ俺にそこまで?」
一瞬、セシリアの手が止まった。
「わたくしの母は、三年前の魔物の襲撃で亡くなりました」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
「王国の兵が駆けつけるのが遅れたせいです。情報がなかった。備えもなかった。……だから、同じことを繰り返させたくない」
彼女は真っ直ぐに俺を見た。
「あなたの力があれば、人々を救える。わたくしはそう信じています」
部屋を出た後も、俺の頭の中は静かにざわめいていた。
(俺の力で……人を救える?)
これまで俺は、このスキルをただの自己証明のために使ってきた。
無能と笑った連中を見返すために。
でも――。
リリアの笑顔、ライオットの忠告、セシリアの瞳。
全部が俺の中で重なり合っていく。
その夜。
学園の外れで、覆面の男たちがひそひそと話す声があった。
「クロードの力を、王国が手に入れたら厄介だ」
「早めに消すべきだな」
暗闇の中で光る刃。
アレン・クロードを狙う影が、確実に動き出していた。