第8話 宰相の娘
セシリア・エヴァンス――王国宰相の娘。
その名は学園でも知らぬ者がいない。成績は常に首席、魔法と剣術、礼儀作法に至るまで完璧。貴族の令嬢たちが憧れる才媛だ。
そんな彼女が、なぜ俺なんかに?
「詳しく……話を?」
俺が問い返すと、セシリアは優雅に頷いた。
「ええ。わたくしは父より、この学園の人材を調査する任を受けています。特に――王国にとって有用な才能を」
その目は冷静で、感情の色が薄い。
まるで俺を“資源”として見ているかのようだった。
「……もし拒否したら?」
俺の言葉に、彼女は柔らかく笑った。
「その場合でも、いずれ国の耳には入るでしょう。――あなたが望むと望まざるとに関わらず」
背筋が冷えた。
やはり俺は、もう逃げられない。
その日の夜。
寮の屋上で、俺はライオットと偶然出会った。
「……セシリアが動いたか」
ライオットは短く息を吐いた。
「お前の力は、国にとって諸刃の剣だ。使う者によっては、王国を滅ぼすかもしれん」
「だから、隠せと言ったのか」
「ああ。だが、もう遅い。目をつけられた以上、泳ぎ方を覚えるしかない」
ライオットの横顔は、どこか諦めを帯びていた。
「俺は忠告した。……あとはお前次第だ、クロード」
彼はそう言い残し、闇の中に消えた。
翌日。
セシリアは俺を学園の一室に呼び出した。
「ここは……?」
「王国関係者以外、立ち入りを許されない部屋です。どうぞ、楽にして」
机の上には大量の書類。王国の地図、魔物の発生状況、各貴族領の動向……。
彼女は手早く資料をめくりながら告げた。
「あなたのスキル――記録。使い方によっては、この国を守る最高の盾になり得る。……協力していただけませんか?」
その声は真剣だった。
だが同時に、冷たい計算高さも感じられる。
「もし俺が拒否したら?」
「――その時は、わたくしも敵になります」
その一言で、部屋の空気が凍りついた。
彼女は俺を見つめたまま、静かに言った。
「考えてください、アレン・クロード。これは、あなたの運命を決める選択です」
重く閉じられた扉の向こうで、未来が確実に動き始めていた。