第74話 闇の観測者
夜の王都グレイザ。
再建会議の翌日、アレンは一人、記録室にこもっていた。
机の上には、無数の魔導紙。
そのひとつひとつに、薄く青い光が刻まれている。
それは戦闘中の映像――【記録】スキルで保存された灰鷹団の初陣データだった。
「……ここだ」
アレンは指先で一枚の紙をなぞる。
戦闘の終盤、音声記録の中に“声”が混ざっていた。
ノイズとも違う、確かな意志を持った何か。
――『君の記録、面白いね。少し……見せてもらうよ』
何度再生しても、その瞬間だけ異常反応が出る。
まるで“外からの視線”が、データの奥でこちらを覗いているようだった。
「誰だ……? 俺のスキルに干渉できる存在なんて――」
その時、背後から声がした。
「……見つけたのね、アレン」
振り向くと、そこには長い銀髪の女が立っていた。
彼女の名はセリア=ノルン。
かつて王立研究院に属していた天才魔導士。
だが戦乱の最中、消息を絶っていた人物だった。
「セリア……? 生きていたのか」
「ええ。でも、ただ“生きてる”だけ。
私はもう、人の領域にはいないわ」
彼女の瞳は、淡く光を放っていた。
まるで星空をそのまま閉じ込めたような輝き。
アレンは息をのむ。
「お前、まさか――」
「そう。私が“闇の観測者”よ。
この世界の記録を“監視する者”。
そして、あなたのスキル《記録》は、その本体に最も近い力」
「……どういうことだ?」
アレンの問いに、セリアはゆっくりと歩み寄る。
「この世界は“記録”でできているの。
過去も、未来も、存在も。
あなたのスキルは、その世界の構造そのものに触れてしまっている」
アレンは息を呑む。
まるで冗談のような話――けれど、直感がそれを否定できなかった。
「じゃあ、俺の記録に干渉してきた声は……」
「それは“上位存在”。この世界の創造主の一端。
彼はあなたを観測している。
この世界の“矛盾”を解くために」
「……矛盾?」
セリアは静かに微笑んだ。
「この世界は、もう一度壊れる。
あなたがそれを“記録しなければ”、すべてが消えるの」
沈黙。
アレンは拳を握りしめた。
「ふざけるな。俺はこの国をやっと立て直したんだ。
世界がどうとか、そんな理屈で壊されてたまるか」
「だから、あなたに託すの。
“継承者”としての使命を」
セリアはそっとアレンの胸に手を当てた。
その瞬間、眩しい光が弾けた。
記録の文字が宙に浮かび、アレンの体の中へと吸い込まれていく。
視界の奥に、無限に広がる「記録の世界」が見えた。
過去、現在、未来――すべての出来事が層のように重なり合っている。
(これが……記録の本質……?)
目を開けた時、セリアの姿はもうなかった。
ただ一枚の光の羽だけが、空中に残っていた。
それは淡く光りながら、アレンの手のひらに落ちた。
「……観測者、か」
アレンは深く息を吸い込んだ。
「いいだろう。
俺はこの世界を“記録し続ける”。
壊される前に、俺たちの生きた証を刻むために」
その瞳には、恐れよりも強い光が宿っていた。
――再び、物語は大きく動き出す。




