第73話 灰鷹団、始動
翌朝。
王都グレイザの東門前には、十数人の若者が整列していた。
鎧もバラバラ、武器も質素。けれど、その目はまっすぐに前を向いている。
「――全員、揃ってるな」
アレンの声に、列の端でリクトが頷いた。
彼は黒の外套を羽織り、腰には新調された剣を下げている。
「これが、《灰鷹団》の初陣メンバーだ。まだ寄せ集めだが……全員、気持ちは同じだ」
アレンはゆっくりと前に歩み出る。
風が彼のコートを揺らし、瓦礫の匂いが残る街を吹き抜けた。
「この国を守るために立ち上がった者たち。
今日から君たちは、ただの民ではない。
――王国の翼、《灰鷹団》の一員だ」
その言葉に、若者たちが一斉に拳を胸に当てた。
まだ恐れはある。けれど、その奥に光るものは確かだった。
「初任務を伝える」
アレンは広げた地図を指でなぞる。
「北の村――グラナの森近くに、魔獣の群れが出現した。避難が遅れた民もいる。
これを鎮圧、救出を行う」
魔獣。
それは戦乱の影響で増えた、暴走した魔力の残滓。
今では“第二の戦争”とも呼ばれていた。
リクトが一歩前に出る。
「任せろ。灰鷹団がやるのは、まず人を守ることだ」
アレンは微笑み、彼の肩を叩いた。
「頼む。……あとは俺の記録で支援する」
◇◇◇
グラナの森は、王都から半日ほどの距離にある。
木々は黒く焼け、かつての豊かさを失っていた。
その中心で、灰色の毛を持つ巨大な狼――“グレイ・マーダー”が吠える。
「三体……いや、奥にもう一体!」
リクトが叫ぶ。灰鷹団の若者たちは一斉に身を低くした。
矢が飛び、剣が閃く。
けれど、相手は並の獣ではない。
鋭い爪が地を裂き、ひとりの青年が弾き飛ばされた。
「リオ!」
リクトが叫ぶが、その瞬間――
空中に淡い光が浮かんだ。
それはアレンの【記録】。
『第三戦域、灰鷹団、展開パターンβに移行』
音声のように響く記録が、戦場の動きを導く。
まるで透明な軍師がそこにいるように。
「……アレン、やっぱすげぇな」
リクトは笑い、剣を振り抜いた。
狼の動きを予測した一撃が、見事に首筋を捉える。
「残り二体! 前衛、盾を上げろ!」
アレンの記録が続く。
彼は離れた丘の上から、全戦闘の様子を俯瞰しながら、リアルタイムで動きを“記録し、再再生”しているのだ。
それは、もはや情報共有を超えた“戦術共有”。
灰鷹団の動きは次第にひとつの生き物のように連動し始めた。
やがて、最後の狼が倒れた。
血の匂いと、静寂。
アレンは丘から降り、倒れた青年のもとへ駆け寄る。
「……大丈夫か?」
「アレン……さん……。生きてます、まだ……」
「よし、すぐ治療班を」
彼の声に、仲間たちがすぐ動いた。
戦乱で荒れた世界に、確かに“秩序”が戻り始めていた。
リクトが剣を鞘に収め、空を見上げた。
「……これが、灰鷹団の初陣、か」
「ああ。初陣で死人ゼロ。上出来だ」
アレンはそう言って微笑んだ。
その瞬間、【記録】がわずかに揺らいだ。
(……ん? 誰かが……俺の記録に、干渉している?)
一瞬だけ、記録の中に“未知の声”が混じった気がした。
――『君の記録、面白いね。少し……見せてもらうよ』
アレンの背筋が凍りつく。
その声は、人間ではない。
魔力の波が、空気を震わせた。
「アレン? どうした?」
「……いや、何でもない。帰還するぞ。
報告と、もうひとつ……“調査”が必要だ」
灰鷹団は勝利の歓声を上げながら、王都へと帰還した。
だが、アレンだけは笑えなかった。
誰かが――
この世界の“記録”そのものに、触れようとしている。




