第63話 灰色の森の異常
灰狼たちは低い唸り声を上げ、俺たちを囲んでいた。
赤い瞳は狂気に濁り、牙から滴る涎は黒く粘ついている。まるで森そのものの瘴気を体に染み込ませたようだった。
「ガイル、正面を頼む!」
「任せろ!」
巨体の戦士が盾を構え、正面の灰狼とぶつかり合う。鋭い爪が盾を叩き、火花が散った。
俺はすぐに【記録】を呼び出す。過去に灰狼と戦った旅人の記録――その戦法と弱点。
――灰狼は群れのリーダーが鳴き声で指示を出す。その声を封じれば群れは混乱する。
「リーダーを狙え! 首に白い傷がある奴だ!」
「了解!」フィンが弓を引き絞り、矢を放つ。
矢は森の空気を裂き、白傷の狼の肩を射抜いた。リーダー格の悲鳴が響いた瞬間、群れの動きが乱れる。
「今だ!」
ガイルの盾が弾き飛ばした灰狼を、リゼルの魔法が貫く。
「――《雷槍》!」
青白い稲妻が走り、灰狼の体を貫いた。焦げた匂いが立ち込め、魔物が倒れる。
俺は別の灰狼に狙われていた。赤い瞳がこちらを射抜く。
「チッ!」
咄嗟に【記録】を開き、過去の戦いから一瞬の動きをなぞる。
――“飛びかかる瞬間、左足が僅かに遅れる”
その通りに動きを読み、体を横にずらす。狼の爪は空を切り、逆に俺の短剣が喉元を裂いた。
「よくやった!」フィンが叫ぶ。
俺は息を荒げながら頷いた。まだ終わりじゃない。
残る二体がガイルとリゼルに襲い掛かる。
ガイルは盾で受け止め、カウンターで鉄槌を叩き込む。骨の砕ける音が響き、灰狼が地面に沈む。
最後の一体はリゼルが詠唱を終え、氷の槍で仕留めた。
「……ふぅ。終わったか」
仲間たちが息を整える中、俺は足元の灰狼の亡骸を見下ろした。
普通の魔物と違い、その体は倒れた瞬間に黒い霧を吐き出し、まるで森に吸い込まれるように消えていく。
「これ……普通じゃない」リゼルが眉をひそめる。
「灰狼は魔瘴気で狂うことはあっても、死んだら肉は残るはずだ」フィンが矢を回収しながら言う。
ガイルも頷いた。「まるで森そのものに還っていくみてぇだな」
俺は再び【記録】を起動する。しかし、どの旅人の記録にも「死体が霧になって消えた」なんて報告はなかった。
「……新しい現象だ。つまり――誰かが意図的に森を弄んでいる」
そのとき、森の奥から低いうなり声が響いた。
木々が軋み、空気がさらに重くなる。
リゼルが妹を庇い、フィンが再び矢をつがえる。
「おい、アレン……今の音は?」
俺は記録を開きながら、答えを探す。しかし、該当する情報は見つからない。
――まるで、この現象そのものが“記録されていない”かのように。
「……奴らだ。黒蛇の仕業に違いない」
呟いた瞬間、仲間たちの表情が引き締まった。
森はただの自然の脅威じゃない。
組織が意図的に“魔物の発生源”として操っている。
その確信が、俺の背筋を冷たくした。
「行こう。ここで立ち止まっていたら飲み込まれる。王都へ辿り着いて、この異常を伝えなければ」
仲間たちは頷き、再び歩き出した。
だが灰色の森は、俺たちを容易には通さない。
奥に潜む影が、赤い瞳を光らせて待ち受けているのだから。




