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最弱スキル《記録》しか持たない俺、気づけば世界最強の英雄になっていた  作者:
裏切りの刃編

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第56話 揺らぐ絆

砂塵が舞う国境の荒野。偽の地図の罠にかかった敵を退けたものの、俺たちの陣には重い沈黙が垂れこめていた。荷馬車は焼け、補給は消えた。仲間たちの顔に浮かぶのは、疲労と――疑いの影だ。

 戦闘の混乱の中で、俺ははっきりと聞いた。あの声を。

 「やっぱり、仕掛けてきたか」

 短く、含みのある呟きだった。誰かが、それを言った。俺は戦場で瞬間的に【記録】を起動していた。音声、振動、気配――断片が脳裏に積み重なる。戦闘中に記したそれを、今ここで再生する。

 波のように押し寄せる過去の断片を手繰る。矢が走り、剣が閃いた瞬間、背景の音だけを抽出する。やがて一つの声紋が浮かび上がった。声の高さ、吐息の癖、咳払いの間合い――それは確かに、聞き覚えのある声だった。

 俺は仲間たちが半ば取り残された荷馬車の残骸を片付ける隙に、声の発信源を追った。足跡、火の回り方、戦闘中の一瞬の動き――すべてを記録に頼って辿る。焚き火の脇、小さな陰。そこで動いていたのは――リゼルだった。

 肩にかけた白いマントの裾に、火の残り香がついている。顔は青ざめ、息が荒い。俺が近づくと、彼女は小さく体を震わせた。

 「リゼル……今の声、君のだったのか?」

 俺の声は掠れた。仲間の一人が裏切るという現実が、胸を締め付ける。

 リゼルは俯き、やがて小さく頷いた。唇が震える。「……ごめんなさい、アレン。言い訳は出来ない。でも、違うんです……私から敵を呼んだんじゃない」

 彼女の声には血の通った慟哭が混ざっていた。俺は剣を握りしめたまま、冷静に、だが優しく訊ねる。

 「じゃあ、何があった。なぜ、あの声を――」

 リゼルは目を閉じて、言葉を絞り出した。

 「数日前、蛇の牙の連中に村を襲われたと聞いて……私の妹がいる村も被害に遭ったの。私が救いに行けなかった。そしたら、彼らが現れて――『協力すれば妹と村を生かす』って。選ぶ余地はなかった。情報を渡すように脅された。断れば、人質は死ぬって」

 目の奥に見えるのは、憔悴と自己嫌悪。リゼルの手が震え、指先に白い筋が浮かぶ。

 「私は……裏切ろうとしたんじゃない。守ろうとした。だけど結果として、物資が焼かれ、仲間を危険に晒してしまった」

 怒りが、仲間たちの間で燃え上がる。ガイルが唇を噛み締め、フィンは矢を握る手に力をこめる。誰かが声を荒げる一歩手前で、俺は割って入った。

 「止めろ。今ここで叩き斬るのは簡単だ。だが、証拠も理由も全部聞いてから判断する」

 その言葉に、場が一瞬静まる。リゼルは嗚咽を漏らし、膝をつきそうになるのを必死でこらえた。

 「本当に脅されたのか? 人質は? 証拠はあるのか?」

 俺は冷徹に訊いた。感情だけで決めたくない。仲間を守るためにも、真実が必要だった。

 リゼルは小さく首を振る。「証拠はない。向こうは証拠を残さない。私が会ったのは影のような人間。だけど――」と、ポケットから小さな布切れを取り出す。それは燃え尽きた荷馬車の近くで拾ったものと同じ、黒い紋章の欠片だった。

 それを見た瞬間、俺の【記録】が閃いた。過去の断片の中に、その紋章をちらりと映した場面がある。蛇の牙の印章だ。あの組織は過去にも俺たちを翻弄してきた。リゼルの言葉と布切れは、合致する。

 「もし本当なら――どうする?」フィンが低く言う。

 「今、彼女を処罰しても、真の黒幕は逃げる」俺は答えた。「リゼルは情報を渡した。だがそれは脅迫に屈したからだ。俺たちが今やるべきは、彼女を裁くことじゃない。人質を奪い返し、黒幕を暴くことだ」

 仲間たちの視線が揺れる。怒りとやり場のない悔しさが渦巻く中で、リゼルは顔を上げた。目にはまだ涙が光っているが、その奥に固い決意が宿っていた。

 「私が協力する。全てを吐く。私の失態を取り返すために協力させてください」

 その声は震えているが、嘘はない。俺は深く息をつき、剣を鞘に納めた。

 「分かった。だが条件がある。今からお前は自由に行動できない。俺が監視する。だが、お前の情報――どこに人質がいるか、どうやって連絡を取っているか――それがあれば、必ず取り返す」

 リゼルは強く頷いた。仲間の中で小さく沸き起こる不満を押しとどめ、俺たちは早速調査を開始する――燃え残りの布片、敵が残した足跡、リゼルの記憶を突き合わせていく。

 夜が更ける。荒涼とした星空の下、仲間たちの間にわだかまったものは消えない。だが、共に過ごした日々の絆は脆くても確かに残っている。俺は【記録】に今の決意を刻み込んだ。裏切りが生んだ亀裂を、俺たちはどう修復していくのか――その答えを、次の行動で示すしかない。

 暗闇の向こう、砂の中に埋もれた足跡の先に、小さな焚火の跡を俺は見つけた。そこには、見覚えのある黒装束の切れ端が落ちている。指に触れた瞬間、俺の胸に冷たい確信が走った――あの紋章は、単なる残党の印ではない。誰かが組織の新しい動きを動かしている。

 仲間たちの顔を見渡す。怒り、悲しみ、迷い、そしてわずかな希望。重い空気の中で俺は拳を握った。

 「よし、明朝に動く。リゼルの情報とこれを突き合わせて、黒幕の足取りを掴む。仲間を守るって言っただろ? 今こそ、守る」

 そう呟くと、仲間たちはそれぞれに整え始めた。だが誰もが知っていた――この先で待つのは、さらなる裏切りの刃かもしれないと。

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