第55話 疑心の罠
夜。国境の廃墟に身を潜める俺たちは、焚き火を囲んでいた。
だが、そこに漂う空気は暖かさとは程遠い。炎が照らす仲間たちの顔には、警戒と疑念の影が濃く落ちていた。
「物資が焼かれたのは事故じゃない」
俺は口を開き、皆の視線を集めた。
「内部から漏れた情報が、敵の襲撃を呼び込んだ。……誰かが裏切っている」
沈黙が場を支配する。リナは唇を噛み、ミリアは祈るように手を組み、カイルは睨むように俺を見た。
「俺は何もしていない!」
カイルの叫びが夜に響く。
「そう言うなら証拠を出せ。じゃなきゃ、俺を疑うのはやめろ!」
「証拠なら……これから出す」
俺は淡々と答えた。
実はこの日、俺は“ある仕掛け”を施していた。
偽の地図を一枚、荷物の中に忍ばせておいたのだ。そこには存在しない遺跡の位置が記されている。もし情報が漏れれば、次の敵はその地点で待ち構えるはず。
「次の任務は、この地図に従って進む」
俺は焚き火に地図をかざして見せた。
「誰かが裏切っていれば、その証拠は必ず現れる」
仲間たちは一様に息をのんだ。俺が罠を仕掛けていることを知らない彼らにとっては、本物の地図にしか見えない。
「……そんな手を使うのか」リナが震える声で言った。
「俺たちの中に裏切り者がいるなら、躊躇してる場合じゃない」俺は静かに返す。
その夜は誰も眠れなかった。
疑念が渦巻き、焚き火の音だけがやけに大きく聞こえる。
◆
翌日。俺たちは地図通りに荒野を進んだ。
やがて、偽の遺跡地点に近づいた瞬間――
「敵だ! 待ち伏せだ!」
岩陰から武装した集団が飛び出してきた。彼らは俺たちを待ち構えていたかのように、完璧な陣形で迫ってくる。
(やはり……情報が漏れていた!)
俺の罠は成功した。だが、ここで戦えば仲間が傷つく。
裏切り者の正体を突き止めるよりも、まずは敵を退けねばならない。
「全員、陣形を整えろ!」
俺は叫び、剣を抜いた。炎を裂くような鋭い音が荒野に響く。
仲間たちは動揺しつつも武器を構え、敵を迎え撃った。
だが俺の視線は戦場を越えて、仲間の一人ひとりを記録し続けていた。
――誰が、敵と通じている?
次の瞬間、俺の耳に小さな声が届いた。
「……やっぱり、仕掛けてきたか」
それは戦場の混乱の中で、確かに仲間の誰かが呟いた声だった。
俺は剣を振るいながら、その言葉を脳裏に刻みつける。
(今……言ったのは、誰だ?)
裏切りの影は、もうすぐ姿を現そうとしていた。




