第54話 国境に潜む影
乾いた風が吹きすさぶ国境の荒野を、アレンたちの隊は進んでいた。草もほとんど生えない大地に、時折ひび割れた岩肌が突き出している。空は鉛色の雲に覆われ、視界の先に広がるのは不気味な静寂だけだった。
「……辺りに人気はないな」
先頭を歩くカイルが周囲を見回し、低く呟いた。彼の声には警戒というよりも苛立ちが混じっているように聞こえた。
その背中を見つめながら、アレンは心の奥でざらついた違和感を押さえ込んでいた。仲間を信じたい――けれど、記録のスキルで見たあの倉庫前の影が頭を離れない。
「アレン」
横に並んできたリナが小声で囁いた。
「顔が強張ってる。やっぱり、まだ疑ってるんでしょ?」
「……簡単に疑いたくはない。けど、証拠がない以上、今は誰も断罪できない」
「それでも――あなたは、皆を守ろうとしてる」
リナの言葉は一瞬の安らぎを与えた。だがその直後、乾いた地響きが荒野に響き渡った。
「――ッ来るぞ!」
砂煙を巻き上げ、黒ずんだ鎧を着た盗賊団が十数人、馬にまたがって突進してきた。国境付近で活動しているという噂の賊徒だ。
「陣形を整えろ!」
アレンの声が鋭く響き、仲間たちは素早く武器を構える。
剣士カイルは前に躍り出て賊の斬撃を受け流し、魔導士リナは詠唱で炎の矢を放つ。僧侶ミリアは防御結界を展開し、背後を守った。連携は見事に決まり、数の上では不利でも押し返せると誰もが思った――その矢先だった。
「ぐあっ!」
背後で悲鳴が上がった。アレンが振り返ると、補給物資を運んでいたはずの荷馬車が炎に包まれていた。火の手が早すぎる。まるで、内部から火薬を仕掛けられていたかのように。
「なんだと……!?」
荷馬車に近づこうとした瞬間、矢が飛んできてアレンの足元に突き刺さった。矢羽には見覚えのない紋章――だが、それは敵の賊団のものではなかった。
(内部から……?)
思考の中で嫌な確信が芽を広げる。だが戦場で迷っている暇はない。アレンは剣を振るい、賊の首領らしき男を睨み据えた。
「お前たち、誰に命じられてここに現れた!」
「ははっ! そんなこと言う義理はねぇ!」
首領は豪快に笑い、巨大な斧を振り下ろしてきた。その刃を受け止めた瞬間、アレンの脳裏に記録がよぎる。
――昨夜、仲間の一人が地図を見ていた姿。
――その視線が、不自然に今回の任務の地点を長く留めていたこと。
(やはり……情報が漏れている!)
アレンは全身の力を込めて斧を弾き返すと、逆に剣を突き立てた。鋼の音が響き、首領は後退する。周囲の仲間たちも次第に賊を追い詰め、やがて彼らは撤退を始めた。
戦いが終わった後、焼け焦げた荷馬車の残骸の前に立ち尽くしながら、アレンは深く息をついた。物資はすべて失われ、遠征の続行は難しい。
「アレン……」
リナがそっと声をかける。彼女の瞳は怯えと疑念に揺れていた。
「これ……やっぱり、誰かが……」
言葉を最後まで口にしなくてもわかる。仲間の中に裏切り者がいる――その事実がいよいよ現実味を帯びてきた。
カイルが口を開いた。
「俺を疑ってるんだろう? 違う、俺じゃない。俺は荷馬車には近づいてもいない!」
「誰もまだ断定はしていない」アレンは低く答える。だがカイルの声には焦りが滲んでいた。
その場にいた全員が互いを見回し、無言の疑念が空気を支配する。信頼がひび割れ始める音が聞こえるようだった。
アレンは静かに目を閉じ、決意を固める。
(次の一手で、必ず裏切り者を見極める。俺の記録で――真実を暴く)
だがその決意とは裏腹に、仲間の間に芽吹いた不信は確実に広がっていた。




