第50話 疑心の始まり
臨時評議会から数日後、カルナの街には妙な重苦しさが漂っていた。
戦の勝利によって歓喜に包まれるはずの街は、人々のささやき声と警戒の視線で満ちている。
――裏切り者がいる。
その噂は、兵士から市民にまで広がり、やがて仲間同士をも疑わせる空気を作り出していた。
「おい、あの兵、敵に密告してたらしいぞ」
「本当か? 俺は別の奴の名前を聞いたぞ」
「いや、評議会の上層にこそ怪しい連中が……」
根拠のない噂は雪玉のように膨らみ、やがて誰もが誰をも信じられなくなりつつあった。
レオンは仲間を集め、城内の一室で密談を開いた。
集まったのはリィナ、カイル、エリス、ギルの四人。全員が顔を強張らせ、視線を合わせようとしない。
「……さて。お前たちも知っての通り、裏切り者がいると評議会は言っている」
レオンの声は冷たく響く。
「だが、俺は一つだけ確信していることがある」
「な、なに?」リィナが不安そうに問い返す。
「この中の誰かが、疑われている」
その言葉に空気が張り詰めた。
沈黙。誰もが隣の仲間を盗み見る。
ギルの指先は机をトントンと叩き、落ち着かない。エリスは視線を逸らし、口を固く結んでいる。カイルは腕を組んだまま動かない。
「馬鹿馬鹿しい!」
真っ先に声を上げたのはカイルだった。
「俺たちは命を懸けて戦ってきたんだぞ! 仲間を裏切るなんてあり得ねぇ!」
「……だが、可能性は否定できない」
レオンはあえて冷たく言い放った。
「だからこそ、俺たち自身で真実を暴くしかないんだ」
その夜。
レオンはひとり城下町を歩いていた。勝利の影に潜む不穏を探るため、耳を澄ませる。
路地裏では兵士たちが酒に酔いながら話していた。
「聞いたか? 兵糧庫を壊したのは……」
「しっ、声がでかい!」
「だが確かに、赤いマントを着た人物が目撃されてるんだ」
赤いマント――心当たりがあった。
あの日、戦場で奇妙に遅れて到着した者。ギルだった。彼の肩には、赤茶けた外套がかかっていたはずだ。
「……ギル、なのか?」
疑念が胸に芽生えた瞬間、レオンの心臓は重く締めつけられた。
だが同時に、彼は己に言い聞かせる。
(証拠もなく決めつけるわけにはいかない。俺は仲間を信じたい……だが、確かめなければならない)
翌日。
レオンは仲間たちを再び呼び出し、戦場での行動を順に振り返らせた。
「俺は西側の砦を押さえていた」カイルが言う。
「私は魔法障壁を維持していたわ」エリスが冷静に答える。
「わ、私は……負傷兵の治療をしてた」リィナが小声でつぶやく。
最後に視線はギルに向いた。
「俺は……物資の運搬を任されてた」ギルの声はどこか硬い。
「兵糧庫の近くにも行った。けど、それがどうした?」
全員の視線が彼に注がれる。
ギルは苛立ちを隠さず、机を叩いた。
「おい、まさか俺を疑ってるのか!? 俺は裏切っちゃいねぇ!」
「落ち着け、ギル」レオンが静かに制した。
「俺はまだ誰も断罪していない。ただ――真実を知りたいだけだ」
会議が終わった後、リィナがそっとレオンに近づいた。
「レオン……本当に、この中に裏切り者がいるの?」
「分からない」レオンは正直に答える。
「だが、もしそうなら……俺たちの絆は試されているんだ」
リィナの瞳が揺れる。
その不安を見て、レオンは胸が痛んだ。
仲間を守りたい。だが、真実を突き止めるためには疑わざるを得ない。
――その矛盾が、彼の心を苛み続けていた。
夜。
レオンは密かに動いた。
ギルの行動を監視するため、兵舎近くに身を潜める。
月光に照らされ、ギルの影が現れた。彼は辺りを気にしながら、布袋を抱えてどこかへ向かっている。
(まさか……)
レオンは息を潜めて後を追った。
袋の中身は分からない。だが、その足取りは確かに怪しい。
やがてギルは人気のない倉庫に入っていった。
――扉が閉まる直前、レオンは確かに見た。
袋の隙間から覗いた、軍の印が押された巻物を。
「ギル……お前、本当に……?」
胸の奥で疑念と痛みが渦巻く。
信じたいのに。信じたくないのに。
しかし、裏切りの影は確かにそこにあった。




