第49話 新たなる影
戦乱の地に、ようやく静けさが訪れていた。
血煙の匂いが薄れ、戦場に散った仲間たちの声は、風の中にかすかに残響している。
だが、その静寂は決して安らぎを意味するものではなかった。
――終わりではない。むしろ、ここからが始まりだ。
レオンは丘の上に立ち、荒れ果てた大地を見下ろしていた。剣を握る手は固く、そして冷たい。背後には仲間たちが控えている。勇敢に戦い抜いた仲間たち、そして血を分けたかのような絆を結んだ者たち。その眼差しには達成感よりも、不安の色が濃かった。
「……戦は、終わったんだよな?」
リィナが震える声で問う。彼女の頬にはまだ血痕がこびりついており、戦乱の記憶を消し去るには程遠い。
「いや」
レオンは低く答えた。
「戦は終わった。だが、争いはまだ続く。敵は……俺たちの内側に潜んでいる」
その言葉に仲間たちは息を呑む。
戦場を支配した外敵は退けられた。だが、今度は目に見えぬ刃が背中に突き立てられるかもしれない。
数日後。
戦後の整理のため、盟主たちが集う臨時の評議会が開かれた。場所は堅牢な城塞都市の大広間。豪奢なシャンデリアが頭上に揺れるが、その下に集った面々の表情は重苦しい。
「我らが勝利を収めたのは、勇敢なる兵と指導者たちの力によるものだ。しかし……」
評議会長が言葉を濁すと、ざわめきが広がる。
「裏切り者がいたという報告を無視できぬ」
その瞬間、空気が凍りついた。
裏切り――その言葉ほど人の心を刺すものはない。
「裏切り者……だと?」
レオンの声は冷たく低く響いた。
「証拠はあるのか?」
「戦乱の最中、我が軍の動きを敵が正確に把握していた。まるで手引きを受けたかのようにな」
評議会長は睨むように言い放つ。
「加えて、兵糧庫の一部が意図的に破壊されていた。これは内部の者でなければ成し得ぬことだ」
会場に緊張が走った。
仲間を信じたい。しかし、どこかに裏切り者が紛れ込んでいる。誰もがそう疑わざるを得ない状況だった。
会議の後、レオンは仲間たちと控えの間に集まった。
リィナ、剣士カイル、魔導士エリス、盗賊ギル。皆の顔に疲労が刻まれているが、心を乱しているのは「裏切り者」の存在だ。
「……俺たちの中に、いるってことなのか?」
ギルが苦い声を漏らす。彼はかつて裏社会に身を置いていたためか、裏切りという言葉に敏感だった。
「まだ決まったわけじゃない」
レオンは冷静に答える。だが、その目は鋭く、仲間一人ひとりを見据えていた。
「ただ一つ確かなのは、このままでは俺たち全員が疑心暗鬼に飲まれる。敵はそこを狙っているはずだ」
「じゃあ、どうするの?」
リィナの声が震える。
「裏切り者を、暴き出す」
レオンの言葉は決然としていた。
「仲間を守るために。未来を守るために」
その夜、レオンは一人で城壁に立っていた。
月明かりが静かに照らす中、彼の胸には迷いが渦巻いている。
(信じたい……だが、もし本当に仲間の中に裏切りがあるのなら……)
剣の柄を握り締める手に力が入る。戦場では敵が誰かは明白だった。だが、今は違う。隣に立つ仲間が敵かもしれない――その恐怖が、レオンの心を苛んでいた。
「レオン」
声をかけたのはエリスだった。
「一人で抱え込まないで。私たちも……一緒に戦うから」
彼女の瞳には強い意志が宿っていた。
レオンは小さく頷き、わずかに表情を和らげた。
「ありがとう、エリス。……だが、これからの戦いは剣や魔法ではなく、心を試すものになるだろう」
夜風が吹き抜け、二人の影を揺らした。
――そして、裏切りの刃は、すでにその影の中で静かに光を潜めていた。




