第39話 「異形の咆哮」
地響きが砦を揺らした。
敵陣の奥から解き放たれた鎖が、唸りを上げて宙を舞う。
それと同時に現れたのは、四肢が異様に肥大化した獣だった。毛皮は黒炎のように揺らめき、口からは硫黄のような臭気を吐き出している。
その背には、まるで人間のような形の角が二本――異形としか言いようのない怪物だった。
「な、なんだあれは……!」
「ただの獣じゃねぇ、魔族の眷属だ!」
兵士たちが恐怖に声を上げる。
赤旗の将は馬上から静かに告げた。
「行け、《屠獣鬼》――勇者の力を試せ」
怪物が咆哮した。
それだけで、耳が破れそうな衝撃が砦を襲う。兵士たちが耳を押さえ、膝を折る。
アレンは前に出た。
「下がれ! これは俺が引き受ける!」
リナが青ざめて叫ぶ。
「無理だよ、あんなの! 一人でどうにかできる相手じゃ――!」
「だからこそ、俺がやるんだ!」
アレンは剣を構え、砦の外へ飛び出した。
怪物の巨腕が振り下ろされ、地面が陥没する。衝撃で土煙が舞い、兵士たちが吹き飛ばされた。
その隙間を縫うように、アレンは走る。
「【記録】――っ!」
昨日から記録した動きが脳裏に蘇る。剣の軌跡、兵の動き、敵の突き方。それらを組み合わせ、未来を読むかのように立ち回る。
巨腕の軌道を予測し、紙一重でかわし、剣を突き立てる。
しかし――硬い。
刃が肉を裂いた感触はあったが、怪物はびくともしない。
「クソッ……!」
怪物が再び咆哮し、炎を吐き出す。アレンは転がってかわすが、砦の壁が爆発し、石が雨のように降り注いだ。
「アレン!」
背後からリナの矢が飛ぶ。矢は怪物の目に突き刺さり、わずかに動きが止まる。
「今だ!」
フェリスが詠唱を終え、光の槍を放った。
眩い閃光が怪物の胸を貫き、血煙が舞い散る。
だが、怪物は膝をつきながらも、なお立ち上がった。
砦の兵たちが息を呑む。
「まるで……死を知らないみたいだ……」
アレンは剣を握り直した。
記録――今までの戦いのすべてを思い出す。仲間の矢、魔法、兵士たちの剣。その一つ一つを積み重ねる。
「俺だけじゃない……みんなの力を記録するんだ!」
アレンは走り出した。
リナが矢を放つ。フェリスが再び詠唱を紡ぐ。兵士たちが声を合わせ、突撃する。
そのすべてを、アレンは剣に乗せた。
刃が光を帯び、仲間たちの想いが形を取る。
「うおおおおおおおッ!」
剣が振り下ろされ、怪物の角を粉砕した。
断末魔のような咆哮が響き渡り、怪物は大地を砕きながら倒れ伏す。
砦の兵たちが歓声を上げた。
「勇者だ……勇者がやったぞ!」
アレンは荒い息を吐き、剣を支えに立っていた。
だがその視線の先で、赤旗の将は微笑んでいた。
「なるほど……これが勇者か。だがまだ未熟だ」
将は馬を返し、軍を後退させた。
勝利ではない。これは、ただの試し。
――戦乱の本番は、まだ始まってすらいなかった。




