第37話 「火蓋」
轟音が空を裂き、砦の石壁に火矢が突き刺さった。爆ぜた火薬の炎が広がり、兵たちの怒号と悲鳴が重なる。
アレンは砂埃をかぶりながらも、剣を振り抜き敵兵を弾き返した。
「リナ、背後に注意しろ!」
「わ、わかってるって!」
リナは慣れない戦場に必死でついていく。だが彼女の放つ矢は正確で、次々と迫る敵兵の鎧を撃ち抜いていた。
一方でフェリスは後方に立ち、詠唱を開始していた。
「――大地よ、我が呼び声に応え、鋼鉄の壁を築け!」
地面が揺れ、砦の前に分厚い岩の壁が隆起した。敵兵たちの突撃が一瞬止まり、兵士たちから歓声が上がる。
だが、それでも流れは止まらなかった。赤旗の軍は訓練された集団だった。前列の兵が壁に取りつき、後列の兵が火油を注ぎ、爆薬を仕掛けていく。
「……厄介だな」
アレンは苦々しく呟いた。相手の動きは統率が取れている。単なる蛮勇ではなく、計算された侵攻。
その中心で、赤い軍旗を掲げる長身の将が馬上から戦場を見下ろしていた。
「……あれが敵の指揮官か」
アレンは直感でそう感じた。視線が交錯する。距離は離れているが、互いの存在を確かに意識した瞬間だった。
将は唇を吊り上げ、不気味に笑った。
「勇者……か」
誰にも聞こえぬ声でそう呟くと、彼は剣を抜き、突撃の合図を掲げた。
次の瞬間、敵兵たちは壁を突破し、戦場に新たな血風が吹き荒れた。
アレンは剣を振りかざし、仲間へ叫ぶ。
「ここを死守する! 砦を抜かれれば王都まで一直線だ!」
リナは矢筒の中を確かめ、必死に頷く。
「あと二十本……持つかな……」
「俺が時間を稼ぐ!」
アレンは戦場の中央へ躍り出た。
剣と槍が交わり、火花が散る。敵兵の数は圧倒的だったが、アレンの剣筋は冴えわたり、次々と鎧を弾き飛ばしていく。その姿はまるで戦場の中で輝く光だった。
だが敵は一人を恐れはしない。四方八方から槍が伸び、アレンを包囲しようとする。
「アレン!」
リナが叫び、矢を連射した。三本の矢が正確に敵兵の兜を撃ち抜き、包囲の一角を崩す。
「助かった!」
アレンは再び剣を振り抜き、空いた道を駆け抜ける。
その時、頭上から影が差した。見上げると、赤黒い魔法陣が空に浮かんでいる。
「……っ! 魔導師部隊か!」
次の瞬間、炎の雨が降り注いだ。
砦の兵たちが悲鳴を上げ、あちこちで火の手が上がる。フェリスが咄嗟に両手を掲げた。
「――守護せよ!」
光の障壁が展開し、アレンたちの頭上を覆う。だが防ぎきれなかった炎が地面に炸裂し、爆風で兵たちが吹き飛ばされた。
戦場は混沌の渦に変わっていた。
「……これはただの侵攻じゃない」
フェリスは険しい顔で呟く。「何者かが裏で魔導を操っている。普通の軍が使える規模じゃありません」
アレンは胸の奥に、あの声を思い出していた。
『勇者よ。これは始まりにすぎぬ』
視線の先、赤い軍旗を掲げる将がこちらを見据えていた。その瞳は冷たく、何かを確信しているように見える。
「……お前が黒幕か」
アレンは剣を構え直し、仲間へ告げた。
「この戦は避けられない。だが必ず真実を突き止める。俺たちの戦いは、ここからが本番だ!」
轟音が再び戦場を揺るがす。戦乱の火蓋は、いままさに切って落とされたのだった。




