第35話 王都ギルドと勇者の影
広場で「勇者」を名乗った青年――レオン=ヴァルクの姿が人々の熱狂の中に消えていった後も、アレンの胸は重苦しさに縛られていた。
(勇者……俺も“勇者の力”を持つかもしれない。でも……あれは……)
黄金に輝く髪と豪奢な装い、誰もが一目で「救世主」と納得してしまう存在感。
それに比べて、自分はどうだ? 冒険者ランクはE。勇者だと胸を張ることもできず、ただ仲間に支えられながらここまで来ただけ。
「……アレン、大丈夫?」
隣でミアが不安げに覗き込む。
「あ、ああ。大丈夫だ」
強がりで返したが、胸の奥は揺らぎ続けていた。
やがて一行は王都ギルドに到着した。
地方の支部とは比べ物にならないほど大きな建物。厚い石造りの壁に、巨大な掲示板。中に入れば、数百人規模の冒険者でごった返している。
「人、多すぎだろ……」
ガルドが呆然と呟く。
受付に並び、しばらくしてアレンたちの番が来た。
「ようこそ王都ギルドへ。ご用件をどうぞ」
淡々とした女性職員の声。
アレンはギルドカードを提示し、登録の更新と王都での依頼受諾を申し出る。
職員はカードを確認し、微かに眉を寄せた。
「Eランク……。王都では基本的にF、Eランクへの依頼は雑用程度しかありません。それに――」
彼女の視線がアレンに注がれる。
「勇者の名を騙る冒険者が増えています。あなた方は違いますね?」
その問いに、アレンは一瞬言葉を失った。
「……俺は、ただの冒険者だ」
職員はしばらく彼を見つめ、やがて首を縦に振った。
「承知しました。ではこちらに記入を」
だがその場にいた周囲の冒険者たちの視線が、アレンに突き刺さっていた。
「勇者? まさかこいつが?」
「冗談だろ、あんなひょろい奴」
「どうせ田舎で調子に乗ってただけさ」
嘲笑が混じる空気に、ガルドが拳を握りしめる。
「なんだとテメェら――!」
「ガルド、やめろ」
アレンが静かに制した。
怒鳴り返すのは簡単だ。だが今ここで騒ぎを起こせば、本当に「勇者詐欺師」扱いされるだけだ。
登録を終えた帰り際、ギルドの二階から人影が降りてきた。
黄金の髪が光を反射する。広場で見た青年、レオン=ヴァルクだった。
「おや? 見覚えのある顔だな」
周囲の冒険者たちが一斉に道を開け、彼を讃えるように視線を送る。
「勇者様!」
「レオン殿、今日もお美しい!」
その中で、レオンの視線がアレンに止まった。
「君……名前は?」
「……アレンだ」
「アレンか。悪いが、君から勇者の気配は感じないな」
あっさりと告げられ、アレンの胸がちくりと痛む。
「お前……!」
ガルドが一歩前に出ようとするが、アレンは手を上げて制した。
「……そうかもしれないな」
それしか言えなかった。
レオンは軽く笑い、取り巻きに囲まれながら去っていった。
ギルドを出ると、仲間たちの顔には悔しさが滲んでいた。
「アレンは勇者だよ! 私、知ってるもん!」
ミアが涙ぐみながら言う。
「そうだぜ! あんな金ピカ野郎より、アレンの方がよっぽど勇者だ!」
ガルドの声は荒々しい。
リリアは黙っていたが、その瞳は怒りを帯びていた。
「……でも、今の王都は“レオンこそ真の勇者”という空気に染められてる。逆らえば、アレンは敵扱いされるわ」
アレンは拳を握りしめ、深く息を吐いた。
「……俺は勇者なんて名乗る気はない。ただ――仲間を守るために、この力を使うだけだ」
その言葉に、仲間たちは頷いた。
だが、王都の空気が彼らを試すかのように、街角に貼られた布告が目に飛び込んでくる。
《隣国ドラグニアとの国境で武力衝突。王都より勇者レオンを派遣す》
戦乱の火種が、ついに表舞台へと姿を現し始めていた。




