第1話 最弱スキル【記録】
俺の名前はアレン・クロード。十六歳。
今日から王立冒険者養成学園に入学する、新入生だ。
……といえば聞こえはいいが、実際のところ俺は「期待されていない生徒」だった。
なぜか?
理由は一つ。俺のスキルが、あまりにも役立たずだからだ。
この世界では、生まれた時に神からスキルを与えられる。
炎を操る者もいれば、治癒の力を持つ者もいる。
国を護る英雄たちはみな、強大なスキルをその身に宿していた。
――だが、俺のスキルはこうだ。
【記録】
ただ、それだけ。
何かを見聞きすれば、それを「記録」できるらしい。
だが、その記録をどう使うのかは、誰も知らない。もちろん俺も。
十歳のスキル鑑定の日から、俺はずっと周囲に笑われ続けてきた。
「ははっ、ノート係か? 学者にでもなるのか?」
「せめて畑仕事のコツでも記録してみろよ、ハハハ!」
冒険者を夢見ていた俺には、あまりにも辛い現実だった。
そして今日。入学式の直後に行われた「基礎能力測定」。
新入生が自分のスキルを披露する、いわばお披露目会だ。
「次、アレン・クロード」
教師の冷たい声に呼ばれる。
俺は木剣を手に訓練場の中央へと進み出た。
「えっと……俺のスキルは【記録】で……」
そう言いかけただけで、場内に失笑が広がった。
「出たよ、最弱スキル」
「何を見てもメモするだけだって? 小役人かよ」
歯を食いしばる。悔しい。でも反論できない。
俺自身、自分のスキルをどう使えばいいのか分からなかったからだ。
結局、俺は何もできずに測定を終えた。
教師は「凡庸以下」と記録をつけ、俺は冷たい視線を浴びながら列に戻る。
その直後だった。
「――魔物襲撃だ!!」
外から響いた怒声。
悲鳴とともに、獰猛な狼型の魔獣が訓練場に雪崩れ込んできた。
「な、なんで街中に魔獣が!?」「武器を! 誰か武器を!」
大人の冒険者たちは駆けつけようとしていたが、間に合わない。
俺たち新入生は、訓練用の木剣しか持っていない。
周囲が恐怖に凍りついた、その時――
「【ファイアボルト】!」
赤髪の女生徒が、勇敢に前へ飛び出した。
彼女の掌から放たれた火球が、狼の一体を焼き払う。
「すげえ!」「火系の魔法スキルだ!」
歓声が上がる。だが、敵はまだ三体。
女生徒の顔はすぐに蒼白になった。……魔力切れだ。
俺の目に、その一瞬の光景が鮮烈に焼きついた。
そして、視界に淡い光の文字が浮かび上がる。
【魔法を記録しました:ファイアボルト】
「……え?」
目を疑った。
だが、確かに俺の手の中に熱が宿っている。
まさか……俺も、撃てるのか?
恐怖で震えながら、俺は叫んだ。
「ファイアボルトッ!」
――轟ッ。
俺の掌から炎の弾丸が放たれ、狼の群れを直撃した。
爆炎が広がり、悲鳴を上げた魔獣たちが焼き尽くされていく。
訓練場が静まり返った。
「……アレン?」
「今の……お前が……?」
ざわめく声。仲間の目が俺に集中する。
俺は震える手を見つめながら、確信した。
――俺の【記録】は、ただのノートじゃない。
見た力を、自分のものにできる。
最弱と笑われたスキルは、最強への第一歩だった。