第一話 ママにおこられました
きょうはママとおかいものにいきました。ママはいつもいそがしいから、ひさしぶりのおでかけです。
ママはおようふくをみていてつまんなかったから、おもちゃやさんをみにいきました。ママはきっとかってくれないけど、みてるだけでたのしいからいいんです。
おもちゃやさんには、わたしのだいすきなものがなんでもありました。おにんぎょうさん、おままごとセット、あとはテレビでやってたへんしんのやつだって。
おもちゃやさんをあるいていると、くまのぬいぐるみがありました。そのぬいぐるみはとてもかわいいおめめをしていて、いままでにさわったことがないくらいふわふわしていました。
わたしはそのぬいぐるみに「ひとめぼれ」してしまいました。
まわりのこたちは、ほしいおもちゃがあるとパパとかママにおねだりしていて、なきだしちゃうこもいました。でも、わたしはそんなことしません。だってもう5さいですから。もうおねえさんですから。
「ねぇくまさん。あなたもわたしのところにきたいでしょう?たいせつにしてくれるひとのほうがいいでしょう?」
ぬいぐるみはなにもいってくれませんでした。
たんじょうびも、クリスマスもまだまださきだからきっとママはかってくれません。
ひとつ、ふたつ、と、くまのぬいぐるみはどんどんなくなっていきました。あれがあれば、6さいのたんじょうびプレゼントはいりません。クリスマスプレゼントもなしでいいです。ママのいうことだってちゃんとききます。だから……。
くまのぬいぐるみがさいごのひとつになってしまいました。そしてそのめのまえには、ちいさなおんなのこがいました。どうやらきょうがたんじょうびのようです。
「パパ〜これにする!」
ちいさなおんなのこがそういったのです。そのこのパパがぬいぐるみのまえにきて、「じゃあこれをかおうか」といってぬいぐるみをもっていこうとしました。
このままだとかわれてしまいます。それはダメです。だってそれはもう、わたしのものなのです。ひとめみたときから、わたしはそのぬいぐるみがだいすきだったのですから。ほかのこたちよりも、わたしはそのぬいぐるみをたいせつにしてあげられます。
それにきっと、ぬいぐるみは、わたしのものになりたがっています。わたしといっしょにあそんで、わたしといっしょのベッドでねたいにきまっています。だから、あのこにかわれてはいけません。
わたしはそのぬいぐるみをだきしめました。ほかのだれにもとられないように、つよくつよくだきしめました。おんなのこはおどろいたようなめをしていたけど、そんなめをしたってこのぬいぐるみはあげません。わたしのものです。
「おじょうちゃん、このぬいぐるみを買うのかい?」
おんなのこのパパがそうわたしにいってきました。
「かわないわ」
「ありゃ、そうかい。そしたらそのぬいぐるみをおじさんにわたしてくれないかい?おじさんたちはそのぬいぐるみをかおうとおもっているんだ」
おんなのこのパパは、ちいさなこをあやすかのようなめでわたしにそういってきたのです。わたしはもうそんなとしじゃありません。ばかにされたようなきぶんになって、すこし、おこってしまいそうなきもちになりました。
「このぬいぐるみはわたしのです。だれにもあげません」
そうわたしがいうと、おじさんはまた、おなじようなめをしてわたしにはなしかけてきました。
「こまったなぁ。おじょうちゃん、それはまだだれのものでもないのだよ。まだだれにもかわれていないのだから。もし、おじょうちゃんがかうというのならもちろんゆずるけど」
「かいません」
ぜったいにゆずってやりません。どんなことをいわれたって、どんなことをされたってこれはわたしのものです。わたしはもっともっとつよく、ぬいぐるみをだきしめました。
すると、おんなのこがなきだしてしまいました。とてもとてもおおきなこえで。そのこはわたしとおなじくらいのとしにみえるのに、みんなのまえでなきだしたのです。とてもはずかしいことです。まわりのおとなたちがみんなこっちをみています。
「それわたしがかうんだもん。かわないならかえして!!」
おんなのこはそういってわたしのほうにあるいてきました。なみだをいっぱいためたそのめでわたしをにらんで、そして、わたしのかおをたたいたのです!わたしはおこってしまいました。
「なんてことをするの!」
「あなたがかえしてくれないのがわるいんでしょ!」
「これはわたしのものです!このぬいぐるみだってわたしといっしょにあそびたそうにこっちをみているじゃない!」
「いまはわたしのほうをみてるし!」
「へりくつはきらいです!」
「……とにかくかえして!」
そういっておんなのこはわたしのだきしめているぬいぐるみをうばいとろうとしてきました!なんておそろしいこどもでしょうか。おんなのこはちからがつよかったわけではないですが、わたしのほうがもっともっとよわかったのです。だから、ちからくらべになってしまったらわたしはまけてしまいます。
だから、うばわれるまえにこわしました。わたしからはなれていくまえにこわしました。
びりびりと、ぬいぐるみのみみはかんたんにやぶれました。なかからわたがでてきて、とてもうりものにはできなくなってしまいました。でもそれでいいのです。だってうりものじゃなくなれば、だれにもかわれることはないのです。ずっとずっと、だれかにうばわれることはないのです。だから、これでいいのです。
おんなのこはさっきよりもおおきなこえでなきだしました。とてもうるさいです。あなたがわたしからうばおうとしたのがわるいのに。おんなのこのおとうさんは、おもちゃやさんのてんいんさんをよびにいっていました。
てんいんさんに、としとなまえ、だれときたのか、をきかれたので「みうらめいです。5さいです。おかあさんときました」とこたえてあげました。どうしてなまえをきくのでしょうか?もしかしてわたしのためにこのぬいぐるみをプレゼントしてくれるのでしょうか。たのしみです。
でも、てんいんさんはすぐにもどっていってしまいました。そのすこしあと、おみせのなかにおおきなおとがしました。わたしはそれが「あなうんす」であるとしっていました。
『かんないにいらっしゃいます、5さいの「みうらめいちゃん」のおかあさま。おてすうですが、2かい、おもちゃうりばまでおこしください。くりかえします……』
どうしてか、わたしのママがあなうんすでよばれていました。ママをここによんでどうするのでしょうか?わたしへのプレゼントにママはかんけいありません。
そのあいだにも、おんなのこのなきごえはどんどんおおきくなっていきました。おんなのこのおとうさんは、「ざんねんだったね」またかいにこようね。とおんなのこをおちつかせていましたが、ときどきわたしのほうをむいてにらむのがすこしこわかったです。
おんなのこと、おんなのこのおとうさんはおもちゃやさんからいなくなって、かわりにママがやってきました。
「おまたせしました。うちのむすめがなにかごめいわくをおかけしましたでしょうか」
おかあさんははしってきたのか、おでこにあせをびっしょりとかいていました。それがなみだみたいにみえてしまって、すこしだけびくりとしてしまいました。
てんいんさんは、わたしがぬいぐるみをやぶいたことをママにはなしていました。そのなかに、プレゼントのはなしはでてきませんでした。どうしてでしょう。
すると、ママはてんいんさんにあやまりだしました。
「すみませんうちのむすめが……ぬいぐるみはべんしょうしますので、どうかゆるしていただけないでしょうか」
そして、わたしにもあたまをさげるようにいいました。どうしてわたしがあやまらないといけないのでしょうか。わるいのはあのおんなのこなのに。
「あのこが!あのおんなのこが!わたしからぬいぐるみをとうとしたのがわるいんです!あのこがうばおうとしなければ、わたしはやぶりませんでした!」
わたしはちからいっぱいママにせつめいしましたが、「とにかくあやまりなさい!」といわれてしまい、いやいやあたまをさげました。こうなるはずではなかったのに。
てんいんさんは、べんしょうするならゆるすといっていました。ママはなんどもなんどもあやまりながらおかねをはらっていました。しばらくあやまっていると、まわりの「やじうま」もいなくなり、おもちゃやさんはいつものふんいきにもどりました。ちいさなこたちがわいわいさわいで、ほしいおもちゃがあったら、おとうさんとかおかあさんにおねだりするいつもこおもちゃやさんに。なんでわたしのせいでふんいきがわるくなっていたみたいになっているのでしょうか。
プレゼントではありませんでしたが、ママがおかねをはらったのでぬいぐるみはわたしのところにやってきました。みみはやぶれてしまっていますが、たいしたもんだいではありません。これからいっしょにあそんだり、ねむったりするのです。とにかく、あのおんなのこにうばわれなくてよかったです。わたしからはなれていかなくてよかったです。
おもちゃやさんをでるとき、てんいんさんは「こんどからはこわさないようにね」とやさしくいってくれました。でも、やくそくはできません。また、わたしからたいせつなものをうばうひとがあらわれたり、たいせつなものがはなれていきそうなことがあればこわしてしまうかもしれません。
それは、うばうひととかはなれていくものがわるくて、わたしはわるくありません。
おうちにかえると、ママにおこられました。