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僕が神さまを殺した日  作者: 利剣
第一章 呪々御供
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12話 1つ目の鍵

次回更新は明日の18:00になります。

 

「彼女たちは自殺したのではありません。呪殺されたのです」


 その言葉は、胸の奥に鈍く重く響いた。


 けれど、それはむしろ希望だった。


 水面空音が人を殺していない。


 彼女の異常は死に様は、呪殺されたものだった。


 その可能性が、まだ消えていない。

 だからこそ、信じたかった。カリンの言葉の続きを。


「説明はしてくれるんだよな」

「ええ、もちろん、ですがいくつかの要点を踏まえなくてはいけません。そこの整理もしながらお話をしたいのですが良いでしょうか」


 僕は黙って頷いた。

 答えが出るのならなんだっていい。


 水面空音が人を殺していない。

 その証明に繋がるのなら、どれだけ遠回りでも構わない。


 カリンは一呼吸置いてから、言葉を紡いだ。


「まず、結論から述べましょう。このおまじない自体に人を殺せるだけの力はありません。」


「はあ……?何言ってんだ、お前」


 いきなり耳を疑うような発言だった。

 まじまじと彼女の瞳を見つめても、そこに嘘をついているような色はない。

 だからこそ困惑する。

 脳がそれを認めようとしないまま、思考が空転する。


「カリン、お前はさっきは呪殺されたと言ったじゃないか」


「ええ、言いました。」


 淡々と返された言葉に、重みがある。

 感情の起伏は見せないまま、彼女の声には、内に沈んだ何かが確かにあった。

 沈黙が一拍。

 そのまま彼女は話を続けた。


「まじない…呪いでも構いませんが、聞かれて何を思い浮かべますか」


「有名なのは丑三つ時の藁人形とかだろ」


「そうですね、呪いとしては代表的なものでしょう。では、呪いの本質とはどのようなものだと思いますか?」


 本質とはまた抽象的な問いだ。

 こういう回りくどい質問は、カリンの十八番だ。論点にたどり着くまで、ぐるりと遠回りを好む。

 その点、メティスならもっと一直線に言い放ったに違いない。過激なまでに、単刀直入に。


「奇跡の一つだ。」


 少し考えて、僕はそう答えた。


「強すぎる思いが、儀式や媒体を通して、時に現象を引き起こす。丑三つ時の藁人形が対象に死や病気をもたらすように」


 自分にしてはかなりいい感じの答えが言えたと思う。


 けれど、カリンは何も言わない。

 ただじっと僕を見つめている。その無言が、逆に問いかけのように思えた。

 納得していない教師と、自分の回答に満足している生徒との間に生まれる、あの独特な間。

 こちらが自信を持った分だけ、沈黙の圧が重い。


 そんなに見つめられても、こっちは絶賛勉強中なのだ。

 オカルトには前から興味はあったけれど、まじないや呪いが“本当にある”と知ったのは、ごく最近のことなのだから。


「どうだ、間違ってるか?」

「間違ってはいませんが、呪いの本質とやや異なります」


 視線に耐えきれず、不安になって尋ねると、カリンは肩をすくめて、指を二本、立てて見せた。


「呪という漢字は、二つの要素から成っています。口と兄。口は言わずもがな、言葉や音声の象徴。兄という文字は、古くは祈る人を表す象形文字だとされています。」


「つまり、『呪』とは、言葉で祈る行為……ってことか」


「その通りです。では、それに関連して具体的な例を思いつきますか?」


 カリンの声音が、少し柔らかくなった気がした。

 本当に教師みたいだな……。


 だが、今回はあまり悩まずに答えが浮かんだ。


「……祝詞や真言、とか?」


 この回答には満足してくれたようだ。

 カリンの表情がわずかに和らぐ。左手で右の二の腕をポンと叩き、小さく拍手する。


「シンナの言う通り、かつて呪いと祝詞は区別のないものでした。」


 カリンの声が、語りの調子に変わっていく。

 低く、静かに、しかし確かに熱を持ち始めている。


「神道といったシャーマニズムの儀式は人の手ではかなわない願いを、巫女といった仲介者を通すことで、人の希望を神に伝えるものになります。つまりは神へのお願いこそ、呪いそのものだったといっていいでしょう」


 雨乞いや、丑の刻参り。

 それらは、神への儀式的な願いだった。


「そして、その願いを神が受け取って、叶えてくれる……そういうことか?」


「だいたいは合っています。ただ、少し補足を」


 そう前置きしてから、カリンは静かに続けた。


「正確には、神が叶えるのではありません。願いが叶う未来を、誘引するのです」


 一瞬、意味が分からなかった。


 ――願いを叶えるのではなく、叶う未来を引き寄せる?


「でも、それって結果的には同じことじゃないか?」


「その通りです。未来の見えない人間の視点からすれば、違いはありません。因果応報という言葉があるでしょう。思いを因として、それに伴う結果が現れる。それだけの話です」


 強い思いが、まじないに不可欠だというのは、強い思いが、未来を引き寄せる強い因になるからということか。


「結局は、プラシーボ効果に毛が生えた程度のものです。高い可能性のものしか引き寄せられません。だから、結果は同じでも、神にとってどちらの手法が容易かというだけの話なのです」


 プラシーボのようなもの。

 それはたとえば、三月のバレー部のようなものだった。

 勝利を積み重ねるほど、勝ちへの想いは強くなる。

 その強い思いが、願いを後押しする。


 カリンは言葉を切ってから、再び口を開いた。


「少し、例を挙げましょう」


 彼女の鋭い視線が僕を射抜く。


「シンナにどうしても振り向いてほしい好きな人がいるとします。ここではAさんとしましょう」


「………」


 こいつは天然なのか?


「けれど、シンナには勇気がない。だから、おまじないに頼る。そしてそれは絶対に叶うものです。」


 彼女はあくまで冷静な口調だった。


「ですが、そのAさんには既に恋をしている人がいます。この人をBさんだとして、さらにそのAさんとBさんは両片思いだとします。そのまじないが真に効果があるものだとしてこの場合、願いはどう叶えるのが正解なのでしょうか?」


 問いの形をしてはいるが、その実、倫理の問題だった。

 誰かの願いは、誰かの願いと相剋する。

 もし本当に願いが叶うなら、そのとき、何が正しいのか?


「…問題なのはそのBさんの存在だろ。Aさんの恋をねじ曲げる。あるいはBさんを――」


「亡き者にする…ですか?」


「そこまでは言っていない」


 物騒だな、こいつ。

 やっぱり天然か。


「もっとも、神はそのような手段を好みません。そもそも、そうした願いが叶うことは、ほとんどありません」


 カリンは表情を崩さないまま言った。


「ここで言いたいのは、神という存在ですら、人の心を直接変えることは難しいということです」


 その言葉は、どこか達観した響きを帯びていた。


 人の心を導くことは、あまりにも困難だ。


 なぜなら、神はむしろ――変えられていない『本気の感情』をこそ、重んじる存在だからだ。


 作り物では意味がない。偽物には、価値がない。


「信仰は、彼らにとって糧のようなものです。だからこそ、意図的に信徒を増やすことも、願いを叶え続けて信仰を定着させることも、実はそれほど単純な話ではありません」


 たやすく信じさせることも、長く信じさせ続けることも、彼らには労力を要する。


 そう、カリンは言った。


「未来誘引――それは彼らが、自らが存在できる未来を選び取っていくという行為です。言い換えるなら、それはある種、彼らの生存本能とも呼べるものです」


 だからこそ、本気の願いが必要になる。


 だからこそ、仲介者の存在が必要になるのだ。


 巫女や審神者といった存在が、人と神のあいだを取り持ち、曖昧で複雑な心を、彼らにとって意味ある祈りへと翻訳する。


「そこで、先ほどこのまじないにハッキングのようなものを仕掛けてみましたがそうした存在には繋がりませんでした。」


 ……さらりと言っているけれど、やってることはとんでもない。


 どうりで、あれだけ時間がかかっていたわけだ。

 単におまじないをしていたというわけではなかったらしい


「だから、このおまじないに人を殺せるだけの力はない……そう言ったわけか」


「恋愛成就、学業成就、心願成就などと言われていますが、そこまでの効験はないでしょう。精々が縁結び程度です。人と人の心を、ゆるやかに繋ぐ、双方向性のネットワーク、そんなものです。」


 だけど、それでは、説明がつかない。


「実際に願いは叶ってる。それも、大量にだ」


「ええ。ですから、そこがミソなのです」


 カリンは一拍、言葉を切る。

 僕が口を開く前に、彼女はそっと人差し指を唇に当てた。


「どうしてこのおまじないは願いをかなえられるのか、それが一つ目の鍵になります」


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