私は女神
ようやくというべきか、それとも早いものでというべきか、とにかく修学旅行はもう終盤となり、新幹線に乗って帰るだけとなった。
「結局修学旅行紅葉と回れなかった」
「ごめんって。ほら、長期休みにでも改めて一緒に来よう。……それよりも花恋、なんか荷物減ってない?」
「スーツケースとか日持ちするお土産は全部宅急便で送ったから。ちなみにこのアップルパイは新幹線で食べるよ──」
紙袋から取り出していざご対面といこうかと思ったら、席が回転して視界から消えてしまった。
「私のアップルパイ……」
完全にアップルパイの口になっていた私は喪失感のあまり呆然とした。
別に立って回収しにいけばいいだけだが、それ以上に目の前で消えてしまったという事実に項垂れてしまう。
「はい空瀬ちゃん」
手元に戻ってきたアップルパイを見て思わず頬が緩んだ。
そもそもの原因が渡してきた奴ということすら頭に入らないほど。
アップルパイを一口齧ると、思わず笑みが溢れる。長々と待った甲斐があった。
これを食べ切ってもまだホールとチーズケーキがある。これほど幸せな事が存在するだろうか。
「はぁ。お前ですら修学旅行満喫したのか……」
アップルパイを食べ終えると辛気臭い言葉をかけられた。
そんなに海外が良かったのかこいつ。
「も、持無君、どうかしたの……ですか?」
「それがビッグニュース! 持無好きな子出来たんだって!」
「ばっ! 言いふらさなくていいだろ!」
「まあまあ」
「フラれたのか。まあ別に驚く事ではない」
「勝手にフるな」
じゃあなぜこいつはこんなに落ち込んでいるんだ。
「ホテルで一般の人に一目惚れだってさ」
「あっそ」
「とんでもない美人だったんだよ」
クソ興味ないのに語り出したよこいつ。二度と会えない赤の他人の話されたところで面白味もない。
「あれは二日目の朝」
言いふらすなって言ったくせに自分から回想入り出しているじゃないか。どっちなんだこいつは。
「隣の奴のうるさいいびきに起こされたんだよ。別に眠気が無くなったわけでもなく、スマホをいじっても眠気は無くなるどころか増していった。でもいびきで寝られなくて、どうしようか悩んだ結果、俺は朝風呂に行く事にしたんだ。そこで俺は女神を目にしたんだ。横顔が一瞬チラっと見えただけだから、はっきりと顔を合わせたわけじゃない。相手も多分気づいていない。でも、その一瞬で俺の心は奪われたんだ。天乃さんや安蘭樹さんや氷冬さんの時とは比べ物にならない胸の高鳴りがしばらく続いた。今でも考えるだけでどうしようもない鼓動と後悔がある。もし過去に戻れるなら、無理矢理足を動かして彼女に話しかけたい」
少し嫌な予感がする。
「ちなみにそれ何時?」
「五時くらいだな。皆まだ寝てる時間だから俺と彼女以外いなかった」
……断言していい。非モテが見かけた女神は私だ。
左右確認した時はいなかった。つまり、確認し終えて部屋に戻る時、ちょうど非モテが曲がり角から現れたのだろう。
全く気づかなかった。
「そんなに美人なら他にも目撃した人いると思うけど」
「和木も疑うのか⁉︎ 本当にいたんだよ! 俺の想像力であんな美人の幻作れねーよ!」
そうそう。私ほどの美少女を想像できる奴なんてそうそういない。
「別に疑ってないよ。ただ少し見たかっただけ」
「ああ、せめてあと一回でいいから目にしたかった。なんであの時しか見られなかったんだ……」
そりゃそうだ。私が大浴場に行ったのもあの日だけだし、あの時サングラス忘れたから、以降より注意していたのだから。
「……花恋はどう思う? この世に御三方以上の美形存在すると思う?」
それに関してはもう証明されている。私という存在によって。
でも紅葉、あの三人の事になるとちょっと面倒だから無視しとこ。
「とりあえず、非モテはフラれるから後悔する必要ない」
「そ、そんなん分からねーだろ! もしかしたらワンチャンあったかもしれねーじゃねーか!」
ねーよ。本人が今フッてるんだから。
それからずっと非モテによる私という存在がどれほど美しかったのか、そして憶測で私という人間がどれほど美しい心を持っているかの話をされた。
ずっと恋バナがしたかった裏切り者は嬉々として話を聞き、紅葉は三人以上のビジュがいる事に半信半疑でありながら、やはり美形には興味があるのか食い気味で聞いていた。
そして、私もそれほど悪い気分ではなかったから、特に口を挟まずBGM程度に耳を機能させていた。




