結局分からない
抜け殻という問題を乗り越えた次は高校という問題がやってきた。
最初は通信制高校に行くつもりだった。でも、たまたま見た幼女向けアニメを見て、気が変わった。
困難に立ち向かう姿がどうにも眩しく見えて、私はこのままでいいのだろうかと考えてしまった。
もし通信制高校に行ってしまえば、私は外に出る機会を失ってしまうだろう。
そんな逃げの姿勢はらしくなく、何より、月餅と散歩に行きたかった。
克服とまではいかないけれど、他人に慣れなければいけない。
だから、高校に行く事にした。
引きこもっている間家の事と同様勉強はしていたから学力は問題無かった。
注意するべきなのは、同中の人がいない所を見つける事と外に出られる方法の模索だった。
外に出られる方法は案外簡単に見つかった。
どうも、私は他人に見られる事にトラウマを感じているらしいから、他人に見られないように顔を隠した。
家も中学の人に会わない地区に引っ越し、月餅の散歩がてらリハビリを行った。
高校も無事決まり、私は約二年ぶりに登校した。
◇◆◇◆◇
「私の過去はこんな感じ。だから君らと関わるのが嫌だったんだよ。今も嫌だけど」
「……ごめんね、そんな事情を抱えているなんて考えもしなかった」
「最初顔見ようとして本当にごめん。軽いノリでくうちん傷つける所だった」
怜は何も言わずに私を抱きしめてきた。
二人同様謝罪する事はないのかと言いたい。
「顔、隠さなくて大丈夫?」
「まあね。顔バレしたから無意味だと割り切れてるのか分からないけど、しなくても平気。でも、何でだろうね、顔見られるのがトラウマのはずなのに…………あれ?」
なんだろう、この違和感。……あ、分かった。違う。目だ。
そうだ、目だ。中学の時に向けられた目、あれが怖くて、他人を見る度にあの目を向けられる気がして……。そっか、逆なんだ。見られたくないんじゃなくて、見たくなかったんだ。
そういえば私、優華達の事ちゃんと見た事ない。だから平気なんだ。
──あ、どうしよう、意識した途端なんか顔上げづらくなってきた。
目、合ったらどうしよう。
「花恋ちゃん? 大丈夫?」
手が重なるのが見えて、ゆっくり顔を上げると、優華と目があった。
思わず息を漏らした。
次に悠優、続けて怜を見る。
優華と同様安堵の息が漏れた。
「どうしたの〜?」
「……いや、別に」
「でも花恋、嬉しそう」
「は?」
優華が向けた鏡には、ほんのり目と口元が緩んだ私が写っていた。
鏡を押し返し、私は誰とも目が合わない方に顔を向ける。
「照れた?」
「違うに決まってるでしょ! なんで私があんたらに対して照れなきゃいけないわけ⁉︎ 変な事言う暇あるならさっさと離れてよ!」
「花恋ちゃん、そっぽ向いて言っても説得力ないよ」
「大丈夫だよ〜。ゆーゆ達見て照れてもおかしくないからね〜」
「だから違うって!」
「え〜ほんとかな〜?」
悠優は私の前髪を上げ、私と目を合わせてきた。
いくら平気だったからって、そうジロジロ見られるのも見るのも家族間であってもあまりない。
悠優も改めて顔を合わせてジロジロ見るのは慣れていないのか、私よりも先に目を逸らし、顔を赤くしていた。
「くうちん、顔良いね……」
何故今のぼせているんだとツッコミたくなるほど悠優の顔は赤く、覇気も無くなっている。
「……悠優ってさ、何で私が好きなの?」
悠優は真っ赤に染まった焦り顔を私に向けた。
怜に一瞬目をやり、少し気にしているよう。
「す、好きって、えっ、あ、前も勝手に言わないでって──⁉︎」
結構取り乱しているから、それを抑えるついでに怜にも聞く。
「怜、あんたは?」
「何が?」
「あんたは私の事嫌にならないの?」
相変わらず何を考えているのか分からない。それは目を見ても同じ。でも、その目に安心を覚える。
「どうして嫌になるの?」
「……私は自分の事クズ寄りの人間だって自覚してる」
「寄り?」
今の優華の失礼な言動はとりあえず見逃しておこう。
「私は私と仲良くしたいどころか近づきたいとも思わない。でも、どうして君らは私に近づこうと思ったの? 私は君らを不快にする事に抵抗がない。でも、君らには君らを笑顔にしたい人がたくさん集まる。どうしてそいつらじゃなくて私といる事を選んだの?」
何度も聞いてきた。何度聞いても理解できなかった。
でも、それは多分、彼女らの事を私が知ろうとしなかったから。
だから、私が求める答え以外は納得できず、その答えを無かったものにしてしまっていたのだろう。
でも、今は聞ける気がする。何より、私が夢空を見限れないヒントになるかもしれない。
「だって、花恋は私に何も求めないから」
「絶賛離れてくれる事を求めているのですがね」
「そうじゃなくて。ほとんどの人は私を勝手に神格化する。勝手に壁作って、勝手に期待して、勝手に解釈する。それが当たり前だと思っていたけど、時々思う事があったの。もし、私が理想とかけ離れていたら、私は不要になるんじゃないかって。上手く言えないけど、そう思うと気持ちが重くなった。でも、花恋は私に何も求めない。花恋の中に理想の私はいない。だから、花恋といると心が軽くなる」
理想の自分か、私には分からない感覚。私は昔から自分の価値を認識していたからこそ理想なんて作らせないように振る舞っていたけど、何か違えば私も怜みたいになって……いや、ないな。絶対ない。
「普段言葉が短いから忘れていたけど、そういえばあんたって喋ろうと思えば長々喋れるんだよね。普段から自分の考えをちゃんと言語化すればコミュ障治るんじゃない? あと離れて」
「コミュ障?」
「うん、やっぱ無理だ」
そもそも知識が足りない事を忘れていた。
「で、優華は?」
「私何度も話した気がするけど……」
「でも気持ちは変わってるでしょ」
「そうだけど……。覚えているか分からないけど、花恋ちゃんの自分らしさを突き通す姿に憧れたの。それに、花恋ちゃんは私がノーと言っても嫌わないでしょ。私が私らしくいられる場所が花恋ちゃんの側なの。だから、少し強い言葉を言われたぐらいで花恋ちゃんの事嫌になったりはしないよ。何より、関わった時からずっとだからね、完全に受け入れているよ」
以前見た笑顔よりほんの少しだけ、本当に少しだけ輝いて見えるのはきっと照明のせい。そうに違いない。
「ほんと、悪魔みたい」
「相変わらずだね」
天乃さんは少し嬉しそうにそう答えた。
「じゃあ、最後に悠優」
悠優は少し気恥ずかしそうにそういう事と言葉を漏らした。
一度深呼吸をし、普段の調子に戻していく。
「くうちんになら我慢しなくていーかなって思えたからかな。別に性格悪くても良いの。だって、文句は言っても拒絶はしないから。それにね、良い子よりも悪い子の方がゆーゆも強く出られるから気が楽なんだ。何より、くうちんは絶対に一線は超えないし、いざという時は助けてくれる。そういう、結局甘いところが好きなの」
「甘くない」
「甘いよ〜」
「甘くない。甘くない」
私が折れないと分かるや否や、悠優は呆れと笑顔を浮かべ私の頭を撫でる。
「そういう事にしといてあげる〜。そろそろ夕食の時間だから行こう〜」
夢空への気持ちの参考にならないどころか撫でられるとか、聞き損でしかなかった。
「なんであんたも撫でてるの」
「花恋嬉しそうだから」
「嬉しくない」
怜は珍しく口角を上げて私を見た。笑顔というには真顔で、真顔というには感情が出ている。
「嘘つき」
怜にそう言わせる私の表情は一体どれほど無意識な感情を出しているのだろう。
私は私が思う以上に自分の事を理解していないらしい。




