救世主
ご飯も受け付けず、あれだけ気遣っていた美容すらやらなくなった。
このまま死んでもいい、むしろ死んでしまいたいと考えていた。
家族の声も親戚の声もこの頃の私には意味もなく、抜け殻のようだった。
私が死なない為にお姉やお母さんが無理やり食事を飲み込ませていた程、私は何もやらなかった。
おそらく、抵抗すらしなかったのが二人からしたら不幸中の幸いだったのだろう。
私が人としての生活を取り戻し始めたのは一年程経った頃。
珍しくお姉が上機嫌に声をかけた。
「花ー恋! 見てみて、じゃーん!」
ベッドに横たわったいる私の顔にふわふわした何かが触れた。
「それじゃあ、お姉ちゃんとお母さんはもう行くから、面倒よろしくね〜」
お姉がいなくなってしばらくして、私はようやく私以外の存在に意識がいった。
「…………犬? なんで……」
私の部屋を嗅ぎ回っている犬は、動き出した私を見て尻尾を振った。
「ワンっ!」
私を見つめる目が凄く綺麗で、自然と手が伸びた。
「あったかい……」
ふと横を見ると、姿鏡に私が写っていた。
ボロボロ。その言葉が綺麗に当てはまる醜い姿だった。
一緒に写る綺麗なポメラニアンがよりその言葉を引き立てている。
「お風呂、入らなきゃ」
ポメラニアンを連れて下に行き、私は久しぶりにお風呂に入った。
何度も何度も身体を洗い、過去最高の入浴時間の記録を打ち立てた。
時計はもうお昼を示していた。
餌を美味しそうに食べているのを見ると、私もなんだかお腹が空いてきた気がして、ラップの掛かった昼食を口にした。
「……まず」
味覚を失った事に気づくのにそう時間は要さなかった。
半分くらい残して、私はただぼーっとポメラニアンを見ていた。
気づくと日はすっかり落ちていて、寝ていたのかと思うほど時間が早く過ぎていた。
カバンが落ちる音がして、その方向に目を向けるとお母さんが帰ってきていた。
お母さんは固まったまま私を見ていた。
「おかえり」
そう声を掛けると、お母さんは私を抱きしめて、涙声でただいまと答えた。
お姉も泣きはしなかったが、何も言わず強い力で抱きしめてきた。
「この犬、どうしたの? 名前は?」
「昨日お迎えした。花恋も動物になら心開くかなって思って。本当、正解だったよ」
「ふーん。名前は?」
「花恋が決めて」
「じゃあ──」
久々に見上げた空には綺麗な満月が顔を見せていた。
朝見た目も月のように綺麗に輝いていた。
しっくりくる名前が思い浮かぶのに時間はかからなかった。
「月餅」
「ワンっ!」
月餅が家族になってから、私は抜け殻から人に戻っていった。
相変わらず外に出る事は出来なかったけれど、その代わり家の事をやるようになった。
特に何か言われたわけではないが、時間の流れを感じられるようになった影響か、前のようにぼーっと過ごすことが苦痛になってしまったから。
特に力を入れたのは料理だった。
味が感じられなくなったせいで何を食べても不味く、ご飯の時間が苦痛になった。良い方法はないか考えた時、料理が頭に浮かんだ。
自分で作り、何がどれくらい入っているのか頭にしっかりと入れれば脳がある程度保管してくれるのではないかと。
成功といえば成功だった。相変わらず味はしないが、酸っぱい物を見ると勝手に唾液が出るみたいに、脳が勝手にこれはこんな味だって教えてくれた。
最初こそ味覚がない弊害でクソ不味い料理ばっか作っていたらしいが、その都度お姉の文句を聞き入れて改善した結果、今では冗談抜きで美味しい料理が作れるようになった。




