零落の始まり
中二の秋、私はストーカー被害に遭うようになった。
相手はイケメンで噂になっていた近くの高校生。
最初はじっと見られるだけだった。
話しかけられることも、後をつけられることもなかった。
ただただじっと私の一挙手一投足を見られるだけだった。
気持ち悪かったけど、それくらいの事は慣れているから然程気にはしなかった。
でも、今度は接触してきた。
私の全身が影で隠れるほどの大きな身体。
上から真顔で品定めするかのように凝視する目。
これはヤバいと瞬時に感じた。
「こんにちは。この近くの中学校の生徒さんだよね。弟が弁当を忘れちゃって、代わりに届けてほしいんだ」
警戒心を無くす朗らかな笑顔に柔らかい口調。
それが私には恐ろしくて堪らなかった。
彼の事を無視して、走って学校に向かった。
この時ほど、自分を乱した事はないだろうと今でも思う。
「もしもしお姉。お願い、助けて」
私は震える声でお姉に電話した。
震え、膠着し、生きた心地がしなかった。
あのストーカーの顔が、声が、呪いのように頭から離れなかった。
──あれはヤバい。
私の本能がそう叫んでいた。
「早く来て、お姉……」
朝の静かな女子トイレ。ただひたすらに祈った。
外は見られなかった。あの男がいたらどうしようかと怖くてどうしようもなかった。
五分してお母さんから迎えの連絡がきた。
ジャージで顔を隠して裏口から出て、急いで車に乗り込んだ。
お母さんは何も言わずに、身体が見られないよう横になったままの私を乗せて、車を出発させた。
帰るにしては長すぎる乗車時間。
私はその事にすら気が回らないほど、さっきの男を警戒していた。
ようやく車が止まり、降りるよう促された。
恐る恐る外に出ると、そこには見知った光景が広がっていた。
「おばあちゃん家?」
インターホンを鳴らすと、おばあちゃんの声がした。
「お母さん、私。ただいま」
ドアが開くと、おじいちゃんが出迎えた。
よく来たなと、嬉しそうな笑顔を浮かべていたが、私とお母さんの様子を見て只事じゃないと感じたのか、すぐにその笑顔が消えた。
おばあちゃんがお茶とお菓子を出してくれたが、中々手を伸ばす気にはならなかった。
「花恋、何があったのか話してもらえる? 実は、結愛からは何も聞いていなくて、すぐに花恋を連れておばあちゃん家に行くようにしか言われていないの」
お姉にすら、ストーカーの事は話していなかった。
ただ助けてとしか言っていなかった。
たまたまかもしれないし、心当たりがあったのかもしれない。
何にせよ、お姉の判断は最善だった。
「ストーカーに遭ったの」
それから私は自分の心情も含め、事細かに話した。
喋っている途中、震えが止まらなくなった。
男を思い出すと、どうしようもなく怖かった。
けど、最後までちゃんと話した。
おじいちゃんは刑務所にぶち込んでやると激昂していた。
今にも飛び出しそうなおじいちゃんを、おばあちゃんとお母さんでどうにか宥めていた。
夕方になり、お姉が合流した。
パパもテレビ電話で参加してもらった。
「うちの可愛い娘に酷い事するとは! 絶対許さない! 百回──いや、一万回ぶん殴ってやる!」
「純君の言う通りだ! 二度と愛孫の前に顔を出せんよう顔を潰して足をへし折ってやる!」
男性陣が物騒な事言っている一方で、女性陣は極めて冷静だった。
「とりあえず警察に相談はしといたほうが良いと思うけど」
「でも高校生でしょ? 見つかったところで厳重注意がいいところだよ」
「それに証拠がないからね」
「私が美少女であるが故にこんな面倒な事が」
「調子を戻してくれたようでお姉ちゃんとしては何よりだよ。それにしても、本能って凄いね」
「明らかに不自然だったんだよ。確かに保冷バッグではあったけど、そもそも組と名前を言わない時点で不自然でしょ。私にバレている事は分かっていたんだよ。隙がほしかっただけ。後ろに隠していた右手、多分刃物を握っていた。私の動きと連動していたから多分そう。何より、作り笑いが異様に上手かったし、取り巻く雰囲気もそう。あのストーカー絶対初犯じゃない、被害者は確実に存在する。頼るのは警察じゃなくて探偵だよ」




