推しなんていない
朝早くに駅に集合し、班員を確認、報告し、やってきた新幹線に乗り込む。
「ほんと、この学校金あるよね。ま、出してるのは私達だけど」
「生々しいよ花恋」
行き先は大阪。今乗っている新幹線は他の学校との合同貸し切りのようなもの。そして、私達に充てられた車両はグリーン車。
一クラス分というのもあり、空席があるにも関わらず貸し切りのグリーン車だ。
金の匂いを感じずにはいられない。
「飛行機勢はビジネスなんだろうな〜」
「花恋ってば……」
「そういえばお前らは元々海外志望なのか?」
非モテは勝手に席を回転させて向かい合わせになってきた。
「ちょっと、私のお茶とお菓子返してよ」
「ちゃんと回収してるよ」
裏切り者から手渡され、渋々お菓子は窓枠に置く。
「で、どうなんだ?」
「んなわけないでしょ。元々ぼっちのつもりだったから最初から大阪に決まってるじゃん」
「だよな。秋野も?」
「あ、ウ、わた、その、花恋と同じ理由……です」
「わたしも元から大阪志望だよ。海外はね〜自由時間あまりなくてすっごく厳しいって話だったから、それなら普通に旅行で行けばいいって思って国内にしたの。別に沖縄とか北海道とかでも良かったんだけど、ここはあえての大阪にしたの。近いと逆に行かないし」
ネットに書けばギリ炎上しそうな金持ちの煽りだ。
「まじかよ。じゃあ海外外れ俺だけかよ。まあ、仕方ないよな。俺、毎回補習だったし」
「まあまあ。結果的にはラッキーだったじゃん。海外勢は五泊七日だけど、わたしらは二年間だよ」
裏切り者は三人を指して非モテを励ましている。
「そうだよな。でも俺、今年に入って少し空瀬の気持ち分かった気がするんだよ」
カッコつけた風に溜息を吐いて気持ち悪い。
「何急に気持ち悪い」
「いや、俺氷冬さんと安蘭樹さんに挟まれてるだろ。最初はめちゃくちゃ嬉しかったしラッキーだと思ったけど、なんか周りの目が、特に男の目が怖くてよ。少し会話しただけでも殺気を感じて。去年も氷冬さん以外とは軽く話したけどよ、殺気を感じないどころかただ羨ましがられるだけだったのに、二年になってからは──はぁ……。なんか、ごめんな空瀬」
なるほど、そういうこと。合点がいった。
「だから班決めの時独断で私らと一緒になるって決めたのか」
「そうだけどお前に見透かされるのすげー屈辱」
「まあまあ、おかげですんなり決まって良かったじゃん」
「それにしても男子って馬鹿だね。チャンスなんて微塵もないのに」
「言うなよ。分かっていても希望は抱くもんなんだよ。それにもしもって事もあるだろ。そもそも、馬鹿じゃなきゃ告白する奴なんていねーよ」
「あんたはした事あんの?」
「あるわけないだろ! できるもんならやりてーわ!」
「へー、誰に?」
恋バナ、別に嫌いじゃない。私関連でなければ是非聞きたい。そういう年頃の心は持っている。
そしてそれは私だけではない。こういう話を聞き逃さない奴がここにはいる。
「わたしも聞きたい! 誰々⁉︎」
「……脳が破壊される」
紅葉はボソッとそう零したけど、その心配は一ミリもないから無駄に傷つかなくていいよ。
「ま、まじで言わなきゃいけないのかよ」
「逃げないでよ持無。男でしょ」
「……こ、これはあくまで三人の中なら特に誰推しかって話だからな! いいな!」
「分かってる分かってる〜」
「お、お前らも聞くからには言うんだぞ!」
「わたしは氷冬様一択! 常に凛としている姿が本当に絵画のように美しくて。氷の令嬢という名に相応しいミステリアスな雰囲気と性格にも本当に惹きつけられるの。これ、派閥が分かれていて大きな声では言えないんだけど、わたし、一度でいいから氷冬様の屈託のない笑顔見てみたいんだよね」
ものは言いようだよほんと。凛としている姿? 何も考えていないだけ。ミステリアス? それコミュ症を良く捉えすぎているだけ。
「俺は、和木程明確な理由があるわけじゃないが、あくまで三人の中なら天乃さん……。優しいし、笑いかけてくれるし、何より手が暖かかった」
私には優しくないし溜息よく吐くようなったし時折眉間に皺寄せるし何よりひっついてくるから暑い。非モテの知る優華は上っ面のまやかしだよ。
「持無顔真っ赤じゃん。いいじゃん、修学旅行を気に告りなよ」
「俺の修学旅行の思い出を悲しみで染めようとしないでくれ。はい次、どっちからいく?」
「は? 何? 私も入ってんの?」
「当たり前だろ、何言ってんだよ。聞き逃げは許さねーぞ」
「いるわけないじゃん」
「じゃあ今考えろ。先に秋野教えてくれ」
「え⁉︎ あっ、う、その……し、強いていうなら、いや、その、全員好きですけど、強いて言うならや、安蘭樹さん」
「安蘭樹さんか〜。いいよな〜小動物みたいで」
「そ、そうなんです!」
「うぉっ」
紅葉が急にスイッチを入れた事により、非モテは一瞬怯んだ。
しかし、紅葉はそんなこと気にせず、そのままの勢いのままペラペラ話し出す。
「安蘭樹さんって普段はふわふわしていて、自然とこっちも癒されるというか、冬のこたつのような安心感と心地良さがあるじゃないですか。しかも目が合うと赤ちゃんみたいな笑顔を向けてくれて、この忙しない世の中で自然と張ってしまっている気を一瞬で溶かすような魅力を持っていて、まさに見ているだけで癒される可愛い小動物みたいじゃないですか。でも、小動物って小さいからこその警戒心もあって、安蘭樹さんにもそんな一面があるとウチ日々見ていて思うんです。安蘭樹さんってファンサ神ですけど、天乃さんと違って話を広げるタイプじゃなくて聞き専に徹するタイプなので、実はあまり自分の話しないじゃないですか。ウチ安蘭樹さんに御弟妹がいるなんて今年に入って初めて聞きました。安蘭樹さんのファンって何故か独占欲の強い後方彼氏彼女面の人が多いせいで、貴重な情報も必ずどこかで堰き止められますし、ご本人の事を知る機会が少ないんですよ。でもそれも一種の魅力といいますか、可愛さ以外にももしかしたらウチらの知らない要素があるのではと考えると、ますます惹きつけられるといいますか。特に花恋への態度がちょっと強いところは普段とのギャップもより感じられて萌えるといいますか。信頼している人にだけ見せる特別な対応が本当に尊いんですよ! これは安蘭樹さんだけでなく他二人も同じでして──」
「ストップ紅葉! ストップ!」
流石に止めないとまずい。早口が加速しすぎると自分の世界に完全に入って周りの声を遮断するせいで止まらなくなるから、まだ取り返しのつくうちに止めないと。
「え、あ、ご、ごめんなしゃい……」
立ち上がっていた紅葉は力が抜けたように席に座り、放心状態になっている。
「いや、すげーなお前。ここまでくると尊敬するわ」
「氷冬様の評価も聞いてみたい。空瀬ちゃんどうして止めちゃったの?」
「情報量多すぎて頭の処理が大変になる」
「まあいいけど。それじゃあ空瀬ちゃんの番だよ。正直一番気になる」
やっぱり語らせとけば良かったかと少し後悔している。
三人で一番誰がマシかって話でしょ、正直どんぐりの背比べにも程がある。
「……怜」
「その心は?」
「チッ……うるさくないし、馬鹿だから適当にあしらいやすいから。あと胸が無い」」
「こいつ今舌打ちしたぞ」
「花恋は全員適当にあしらってるじゃん」
「空瀬ちゃんよりかはあるよ」
「うるさい! もういいでしょ!」
ほんとに、開始早々碌な修学旅行にならない事がよく分かる。




