それなりのクリスマスイブ
今日はクリスマスイブ。何とまあ幸せ空間だこと。君らの幸せに比例して私の気持ちは沈んでいくよ。
「花恋」
男女関係なく視線を独り占めするムカつく女が一歩、また一歩と私に近づいてくる。
私は磁石のように一歩、また一歩と離れていく。
「そっちじゃないよ」
「分かってるわ。一緒に歩きたくないだけ」
「どうして?」
クリスマスに二人というのがどうにも抵抗感しかない。
それに拍車を掛けているのがおそらく周りにカップルしかいないというのも関係しているだろう。
嫌だ、一パーセントでも怜とカップルに見られる可能性を否定できない時点で気が重い。
どうしてクリスマスは嫌だと断れなかったんだ私は。
後先考えず自暴自棄になった私を責め立てたい。
「じゃあ、走ろう」
「そういう事を言っているわけじゃないわ馬鹿。あーもう、馬鹿らしくなってきた。さっさと映画行くよ」
「ん……」
怜は手を私に向けてきた。
「何これ」
「クリスマスは手繋ぐの」
「するか馬鹿!」
「腕組みの方がいい?」
なぜ何もしないという選択肢がないのやら。
手を繋がなければ絶対勝手に腕を掴んでくる。絶対。
無駄に偏った知識をつけてくれるよ本当に。
「他にクリスマスで何を学んだの?」
「プレゼント」
「ないから」
「私はあるよ」
「あっそ」
貰えるのなら貰っておこう。物によるけど。
「いる?」
「いる」
「じゃあ、はい」
重さのある紙袋を渡される。ロゴと重さから大体の予想はつくが、一応中身を見る。
「これ絶対あんたが決めたやつじゃないでしょ」
「お兄ちゃんが好み分からなければ髪関係のものが無難でいいんじゃないかって」
「センスあるねお兄さん」
お姉あたりに強請ろうと考えていたシャンプーにリンスにトリートメント。これは思わぬ収穫。
欲しいのをここでゲットできたという事は、お姉には他のを買わせることができる。
「ありがたく使わせてもらうよ。とりあえず重いから怜が持って。帰りまた受け取る」
「分かった」
紙袋を怜に戻し、後ろで手を組んで映画館を目指す。
「花恋」
片手を私に向けて伸ばしている。
私は溜息を一つ零し、その冷たい手を乱雑に掴む。
腕に引っ付かれるくらいなら手を握っていた方がまだ距離を取れる。そう判断しての行動だ。
怜が歩き出し、その少し後ろをついて行く。
特に会話はない。
時折私がついてきているか振り向いて確認してくる。
手を繋いでいるから分かるだろうに、不必要なアクションでしかない。
まるで月餅を散歩のよう。
リードか手かの違いでしかない。
「何見んの?」
イブといえどもクリスマス。流石に当日決めるとなると席選びで苦労しそうだから、あらかじめ怜に勝手に決めといてもらった。
「あれ。人気らしい」
意外とちゃんとした作品。有名なアニメ監督の最新作。正直私も気になっていた作品であったから、これは嬉しい誤算だったりする。
流石はアニメ大国日本。良い作品を怜でも認知できるほど分かりやすく、そして大々的に人気作品として取り上げてくれる。
怜が基本自分の意思を持たないのもあって、上手く噛み合ってくれたよう。
「入る?」
「その前にトイレとポップコーン買う」
「……食べれるの?」
「最近食べれるようになった」
まだ薬がないとあれではあるけど。現代医療は凄いよ本当に。
「嬉しい?」
「まあね」
「なら良かった」
ポップコーンとコーラを持って入場する。
もちろんペアセットにする事でさりげなく奢らせることに成功した。
「ここ」
もし今私の手が塞がっていなければ、顔を覆って溜息を吐いていただろう。
ペアシートではないが、横並び二席のみの席だ。実質ペアシートと言ってもいい。
「なんでここなの」
「花恋周りに人いない方がサングラス取れると思って」
……意外とちゃんと考えた上だという事にちょっと感心した。
前は入場通路に落ちないよう柵がある為人はいない。後ろのカップルもわざわざ前の席の人の顔を覗こうだなんて考えないだろう。
横は壁と怜でガードされるから、たしかに顔は見られない。
怜にはバレているから隠す必要もないし。
久しぶりに映画館でちゃんと鑑賞できるかもしれない。
「ふーん。そう」
一応保険として伊達メガネをして鑑賞する。
◇◆◇◆◇
映画は普通に面白かった。流石としか言い様がない。映画館で見れて良かったとすら思える迫力満点の映像に身体の芯まで響き渡る音。
満足いく映画鑑賞は中学以来。これで一人ならさらに良かった。
「次どこ行く?」
「行かない。帰る。私が付き合うのは映画だけ」
「じゃあ、最後に一箇所だけ。ダメ?」
「……最後ね」
怜に手を引かれて歩いて外へ。
駅に入った後電車に乗らされ、揺られる事三十分。
降りた瞬間から輝くイルミネーション。
改札を出ると大きなクリスマスツリーがお出迎え。
「花恋、見える?」
「見える。何? イルミネーション見たかったの?」
「花火、一緒に見れなかったから。花恋と冬らしい事やりたかった」
「あっそ」
「綺麗?」
「そうだね。それなりに。あんたは? 満足した?」
「うん」
「じゃあ帰るよ」
「花恋」
「何?」
「来年も来ようね」
「じゃあホテルかなんか取ってよ。もちろん怜の奢りで。人混みは苦手だから」
「分かった」
ま、クリスマスに景色の良いホテルなんて高いしそもそも空いてないだろうけどね。
「花恋、今日はありがとう」
「それよりプレゼント」
「はい」
怜から紙袋を受け取った後、少し考えて手袋を外し、赤くなっている怜の手に押し付けた。
「じゃっ」
「……これは?」
「いらないなら捨てといて」
それだけ言って、足早で人混みに紛れる。
──手袋、無くした事にしてもっと良いの買ってもらおう。




