嵌められた
文化祭、期末テストを終え、今年残すは冬休みのみ。
何とも長い一年だった。去年学校行っていなかったし、余計長く感じられた。
「ねえねえ空瀬ちゃん」
「…………」
「皆ー! 空瀬ちゃん参加するってー!」
何も言わずに黙々と朝の準備をしていたら、徐にそう叫ばれて焦った。
「言ってない!」
「じゃあ無視しないでね」
一体何なんだ。優華達の相手だけでも嫌だというのに、文化祭辺りから周りがより馴れ馴れしくしてくる気がする。
「はぁ。用件は?」
「ちょっと早めの忘年会って事で、クラスの皆でどっか行こうって話してたんだ。ほら、空瀬ちゃんグループに送っても無視するでしょ。だからこうして直接参加希望聞いてるの。それでいつ空いてる?」
今この人参加希望を聞いてるって言ってたよね? それがどうして行く前提の日程確認になってるの?
「行かないけど。てかあんた誰?」
「そろそろクラスメイトの名前くらい覚えてほしいよ。特にわたしは結構声かけてる方だよ」
「顔よく見えないもん」
「前髪切ろうよ」
「嫌だ」
「絶対切ったほうがいいと思うけどな〜。和気。和気愛だよ。もう忘れないでね」
「諦めろ和気〜。俺なんて軽く数十回は名乗ってるのに一切名前覚えられてないからな」
「非モテでしょ。流石に覚えた」
「持無だ! 流石に覚えろ!」
一体こいつはなぜそこまで名字にこだわるのだろうか。
「今はそんな事いいから」
そう言われた非モテは小さくよくねーよと呟いた後、意気消沈して友達に慰められていた。
「で、いつ空いてる?」
「だから行かないって」
「それはダメだよ。天乃ちゃんと安蘭樹ちゃんの参加条件に空瀬ちゃんが必要なんだから」
悉く余計なことするなあいつらは。
来たら文句なりなんなり言ってやる。
「はぁ。最悪」
「はいはいそうだね〜。それでいつ空いてる?」
慣れっこだと言わんばかりに軽く流された。このクラスに私の取り扱い説明書が存在するのではと疑うほど自然に流された。
「……じゃあ、あえてのクリスマスで。……いや、このクラスでクリスマスに予定入る人なんていないから意味ないか」
クラス内の雰囲気がどっと沈んだ。
暖房がついているはずなのに寒気を感じるくらいに。
「空瀬ちゃんもクリスマス空いている時点で人の事言えないよ」
「反論しない時点であんたもね」
「今すごく胸が痛い。皆恋人ってどうやって作ってるの?」
私の机に突っ伏さないでくれないかな。
「今いる奴ら全員に告白すればいいじゃん。一人くらい釣れるんじゃない?」
「じゃあ空瀬ちゃん付き合おう。それと空いてる日教えて」
「見境なさすぎるでしょ」
そして机に突っ伏したままとか誠意のかけらもなさすぎるでしょ。
「何の話〜?」
モコモコしたものが私の両頬を包み込む。
「空瀬ちゃんと忘年会デートする話」
どう考えても冗談である言葉に反応して、私の頬をむぎゅっとするのやめてほしい。
あと目の前の自分の席が占領されているからって私によりかからないでほしい。
あと男子いつも以上にうるさい。悠優の顔くらい見飽きてるでしょ。
「いつまでその話引きずってるの。あと悠優邪魔」
「邪魔なのは鞄だよ〜」
悠優は席から立とうとした厄介者を制止し、荷物と防寒具だけおいて、定位置と言わんばかりに私に座ってくる。
「ついに失恋したの?」
先週まで長く伸びていた髪が今やギリギリ一つ結びできる短さになっていた。
「勝手に振らないでね〜」
さっきまで人様の机に突っ伏していたのが嘘のように厄介者は顔を上げて目をキラキラさせていた。
「安蘭樹ちゃん好きな人いるの⁉︎」
興奮のあまりか結構デカい声でそう叫んだ。
もしマイクに向かってその声量を出せば、確実に音割れしているだろう。
それほどの大声に反応したのか、クラス内だけでなく外の女子も男子も皆聞き耳を立てている。
女子はビッグニュースという名の好奇心の為に、男子は否定という名の祈りの為に。
「え〜っと〜。くうちん冗談がすぎるよ〜」
「何? 失恋したのしか聞いてないじゃん。そんなに動揺して、もしかして本当に好きな人でもいるのかな〜?」
どうにかして平静を装って笑顔を保っているが、明らかに顔がヒクヒクしている。
それどころか防寒していた時よりも顔が赤くなっている。もう少し攻めたら頭から湯気が出そうな程。
力の籠った手はこれ以上追い詰めないでと言っているよう。
もちろん、忘年会に私を道連れにしようと企んだ罰だからやめるわけない。
そうでなくてもやめないけど。
「あれあれ〜? 否定しないんですか〜?」
「否定もなにも〜ね〜」
ここでいないなんて答えたらそれはそれで後々不都合だと気づいているのか、とにかくはぐらかすことに尽力している。
「えー誰々ー! イケメン⁉︎ 同い年⁉︎ 年上⁉︎ 年下⁉︎ というか私達知ってる人⁉︎」
「いるとは言ってないよ〜」
「でもいないとも言っていない。ほら、いないならいないってちゃんと言いなよ。ほらほら」
男子も私の言葉に凄い勢いで頷いている。
ここまでの賛同をもらったのは今年初かもしれない。
「もぉ〜くうちんしつこい! 意地悪!」
「おはよう。なんだか騒がしいね」
なんでこの人は自分の席じゃなくて真っ直ぐ私の席に向かってきたのやら。
悠優はともかくあなたは席離れてるでしょ。
「安蘭樹ちゃんに好きな人がいる事が発覚しまして」
「…………え?」
優華は鳩が豆鉄砲を食ったような表情のまま固まった。
ちょうど良いから優華にも忘年会のお仕置きに一芝居打ちますか。
私はしっかりと息を吸い、声を乗せて一気に吐き出す。
「あー! そういえばクリスマスは優華もうデートの予定入ってるから忘年会行けないんだっけー!」
「えぇー! 嘘ー! 天乃ちゃんも⁉︎」
男子は意気消沈し、優華は一気に覚醒した。
「私まだ花恋ちゃんとクリスマスの予定約束してない!」
一気に静まり返った。私も口を開けたまま呆然とした。予想外の答えでせずにはいられなかった。
優華は一拍遅れて口を塞いで顔を真っ赤にした。
まじでガチ感出るからやめてほしい──て、そうじゃない。
「おい空瀬、お前天乃さんとどういう関係だ?」
この短時間であまりに大きい心労と精神疲労を浴びていたせいか、男子共は冷静な判断ができなくなっている。
そして、散々やられていた悠優もそこに乗っかってきた。
「もぉ〜くうちんったら、ゆーゆからの愛の言葉が欲しいならそう言ってよ〜。くうちんの意図組むの大変だったんだから〜」
心なしか男子共の血管がさらに浮き上がったように感じた。
「説明しろ空瀬。ずっと俺らにマウント取ってコケにしていたのか?」
「正気になれ非モテ。私がどうしてこいつらとどうにかならなきゃいけない。友達ですら嫌なのに恋人なんてたまったもんじゃない」
「でも一夜を共にしたよね〜」
「ほーう」
こいつ、仕返しにも程がある。
優華の方を見上げると、一度頷くと口を開いた。
「花恋ちゃんをベッドに押し倒した事もあったよね」
自分が何をされたのか、されそうになったのか気がついたのか、悠優につきやがった。
理解が早すぎるのも問題だ。女の子はちょっと馬鹿な方が丁度いいとよく言われているのに。無駄に賢いせいで着実に私は追い詰められている。
どうして私がこんな目に合わなければならない!
私はただ仕返しをして楽しんでいただけなのに!
「空瀬、言い残すことはないか?」
「ど、どうにかして」
優華と悠優は使い物にならないから、一か八か目の前にいる厄介者に助けを乞う。
「あはは、空瀬ちゃんの自業自得だよ」
「そこをなんとか。名前で呼ぶから」
「それ普通の事だけどね。むしろ名前じゃなかったらなんて呼ぶつもりだったの?」
「厄介女」
「よし男子、今から私は何も見てない聞いてない!」
なんて使えない奴なんだ!
悠優は好きな人が酷い目に遭わされそうで良いの⁉︎ うわっ、なんて晴れやかなムカつく笑顔!
か、かくなる上は!




