それでも私は一人がいい
安蘭樹夫妻が帰ったとなると、お母さんは別の場所にいるという事?
一体何をしているのやら。余計な事していなければいいけど。
「そういえばくうさん、そろそろパーカー返して下さい」
「明日まで借りるけど」
「いや返して下さいよ⁉︎ 帰り寒いじゃないですか!」
「嫌だよこれ脱いだら私が寒い」
「上着あるじゃないですか!」
「優華に取られた。あと普通に嫌だしこっちのが楽」
「姉ちゃん!」
「くうちん、そうちゃん風邪引いちゃうから」
嫌だ、これ脱いだら執事服着る羽目になる。
そうなると絶対調子に乗ったお姉に盗撮されまくる。絶対嫌だ。
「悠優のジャージ着れば?」
「姉ちゃんの小さくて着れない」
「無駄にでかい図体しやがって」
「体格が良いって言ってくれません?」
男子から借りるとかしか方法なさそう。
丁度いいところに声かかられる男子はいないかな──あ、いた。
「非モテ非モテ」
声を掛けた瞬間暗い表情から一瞬で呆れた顔へと変貌した。
「非モテいうな持無だ」
「ああ、あんたが持無か」
「俺結構名前教えた気がするんだけど」
「そんな事どうでもいいからとりあえずジャージ貸して」
「何でだよ。てかなんだそのパーカー。お前彼氏いたの?」
「私と釣り合う男なんているわけないでしょ。悠優の弟のだよ」
「安蘭樹さん弟いたの⁉︎」
「あそこにいるじゃん」
私が指した方を見た男共は一斉にシャア! っと歓喜の声を上げた。
さっきまでの表情はそういうことか。
「だから言ったろ、俺らの安蘭樹さんに彼氏なんていないって!」
お前らのじゃないけどね。
「ああ良かった。おかげで良い夢見れるわ」
「空瀬もたまには良い事するじゃないか!」
何がたまにだこら。散々助けてやったというのに何だその言い草は。
でも今はジャージの為にグッと抑えてあげようではないか。感謝するといい。
「どうでもいいからさっさと貸して」
「いやなんでだよ」
「だってパーカー返さないなら上着なんとかしろっていうんだもん」
「返せばいいじゃん」
「嫌だよ寒いもん」
「執事服の上着あるだろ。俺らなんてスカートだぞ。寒いったらありゃしない」
だから下見ないようにずっと上向いてやっているじゃないか。
一番は私の目の為だけど。
「執事服の上着動きにくくてやだ」
「我儘だな。じゃあお前がジャージ着ろよ」
「そうだぞくうさん。遅いから何やってるのかと思えば、あまり人を困らせるのは良くないですよ」
「私ジャージ持ってない」
「じゃあゆーゆの貸すよ〜」
「嫌だ。色々と信用ならない」
「何もしないよ⁉︎」
私が一度身につけたジャージに対して下心抱く可能性を否定できない以上は絶対に嫌だ。
「てか非モテはなんで貸したくないの?」
「お前にいいように利用されているようで嫌だ」
「何を言ってるの? むしろ私はチャンスをあげているんじゃん」
「チャンス?」
「ジャージを返してもらう時に悠優と会話できる」
この一言を口にした瞬間、非モテだけでなく連れの方まで静かに反応した。
「なるほど」
「あと洗濯して返すよういえば、悠優の服と洗濯される」
よし、かなり揺らいでいるようだ。
「ねえくうちん変な事言おうとしてない〜?」
「別に。ただ一緒に洗濯するという事は悠優の下着であるブラウスやブラ、何よりパンツと一緒に洗われ──」
悠優は珍しく笑顔を崩して私の口を塞いできた。
まあ軽い力だったからすぐに外せるけど。
でも、流石にかなり動揺しているらしい。
「くうさん姉ちゃんの前で何言ってるんですか⁉︎」
「何って、私はただ自分のジャージが悠優の使用済みパンツと──」
悠優は潤わせた目をこちらに向け、再び手で口を塞いでくる。先程より強い力で。
「もぉ〜くうちんの変態!」
「失敬な。私じゃなくてこの話をした瞬間乗り気になってるこいつらが変態なんだよ」
「べ、別に乗り気になんてなってないだろ!」
「そーだそーだ! 風評被害だ!」
俺らを巻き込むなと言わんばかりの勢いで私を指してヘイトを向けてくる。
「嘘つけ。でも、自分で言っといてなんだけどこのパーカーに悠優のパンツ成分染み付いてるんだよね。しかも弟のも。なんか嫌だから返す」
「最悪な返却のされ方だわ。くうさん姉ちゃんいじめるのまじでほどほどにして下さい」
「くうちん嫌い!」
「それは良かった。では、今後は他人ということで」
勢いで言った言葉を受け入れられて焦ったのか、そのままの勢いで先程の言葉を取り消してきた。
「やっぱり大好き!」
「まじで俺姉ちゃんの将来心配になってきた。相手がくうさんでまだ良かったと思うべきか、それともくうさんである事を悔いるべきか俺には分からない」
悔いて私から引き剥がしてほしい。
「俺まじで一日だけでいいから空瀬になりたいわ」
「一日たりとも私という存在を渡したりはしない。それよりあんたらいつまでここにいるの? 文化祭楽しめば? それとも非モテ諸君にリア充の祭典は辛いのかな?」
「お前が女子じゃなければ殴っていたところだ。感謝しとけよ」
「あーはいはいそうですかー」
非モテらが文化祭に戻っていったということで、私もそれに伴ってさりげなく人混みに混じろうとしたけど、悠優が逃さまいと腕を握ってきた。
「くうちん、ゆーゆちょっと怒ってるよ。やりすぎ」
その目は珍しく真剣で、口も真っ直ぐ引き締まっていた。
「……嫌われたい人間に酷い事して何が悪いの?」
「くうちんはよくゆーゆ達になんで構うのか聞いてくるけど、逆にどうしてくうちんはゆーゆ達をそんなに遠ざけたいの?」
「ずっと言ってるじゃん。私は一人でありたいんだよ」
「今もそう言えるの? 今のくうちんはクラスに受け入れられている。ゆーゆ達が離れたところでくうちんが前みたいな日々を送るなんてことはもうできないんだよ」
「……一体何が言いたいの?」
「少しはゆーゆ達と向き合ってほしい」
弟君は隣で静かに頷いていた。一体お前はどういう立場なのだとつくづく思う。
私は小さく溜息を吐き、再び悠優を見る。
「無理だよ。私はもう、これ以上リスクを負えない。今こうして一緒にいてあげてるじゃん。夏休みだって遊んであげたじゃん。ここまでしてあげてるのにまだ足りないとか言われても困る。私の事が好きでもいい。でも、見返りを求めないで。欲張らないで。前と今じゃ現状は違う。そんなの分かってる。でも、そんな単純な理由で自分を変えられるのなら、私の世界はこんなに暗くならない。悠優、私は強くない。だから今の私がいる」
「……ごめん」
悠優の手が緩んだので、この隙に逃げようとしたが、再び掴まれた。
一体何なんだ。
「それはそれとして謝って。くうちんのせいでゆーゆ恥ずかしかったんだからね。あと、ちゃんと下着は手洗いした上で分けて洗ってるから汚くないもん」
……今の悠優の表情を向けられるのは何気に初めてだ。おそらく私怒ってますアピールかつ、謝ったら許しますよということなのだろう。
緩くもどこか人を責める独特の表情になっている。
「残念ながら、私これまでの人生ただの一度も非があって謝ったことがないのでね、その提案は却下させてもらうよ」
「姉ちゃん、今すぐくうさんに見切りをつけるんだ。世の中くうさんよりも良い人はたくさんいる。むしろ良い人の割合の方が多い。このままだと姉ちゃんくうさんに一生舐められたままだ」
失礼だなこの弟は。私という人間に対する態度じゃない。もっと敬意を払ってほしいものだ。
「大丈夫だよそうちゃん。だってここにはくうちんの家族がいるからね〜」
意気揚々とお姉の元に戻っていく。
軽く事情を聞いたであろうお姉は沈んだ表情を浮かべた。
お姉が手招きするから仕方なく近寄る。
「うちの妹が失礼な事言ってごめんね。情けない話、これを謝らせられる人は生憎まだ存在していなくて。お母さんですら未だかつて成功した事がない挑戦だから、悪いけど諦めてもらえるかな? もし癪に触ってどうしようもないなら花恋が嫌がる事やればいいと思うよ。ベタベタしてたらそれだけで嫌がるからおすすめ」
「余計な事吹き込まないでくれる?」
あとこれ言うな。
「余計じゃないよ。それじゃ、私そろそろ帰るから」
「お母さんは?」
「天乃ちゃんのお母さんとお茶しにいった」
優華の方を見るとニコっとされた。
止めなさいよ。
「花恋のお友達のお母さんとお茶だなんて、お母さん初めての事だからそれはそれは嬉しそうだったよ〜。花恋ずっと友達いなかったもんね〜。私と違って」
「一人いるしうるさいな。さっさと帰れ」
「はいはい。じゃあね皆、花恋の事よろしくね」
お姉が帰り、少し連れ回された後怜がシフトに戻り、弟が帰り、ぴったりくっつかれながら教室に戻り、この日の文化祭は終わった。
翌日の文化祭は知り合いが特に来なかった事から初日よりはマシに過ごせたと思う。
半強制参加の後夜祭もどうにか回避し、高校最初の文化祭は幕を閉じた。
「お疲れ〜」
「ん」
「……打ち上げとかなかったの?」
「あったけど食べれないもん」
「……食べれないか〜。そういえば文化祭も食べ物ばっかだったね〜。そろそろ病院行って味覚障害治したら? 対人も大分マシになってきたでしょ?」
「別に困ってないし」
「嘘つけ。そもそも修学旅行どうするの?」
「……行かない」
「そんな事できるわけないでしょ。それに、味覚障害が治れば花恋が料理する必要なくなるし、それこそ旅行ができる。月も家族旅行したいよね〜」
「わんっ!」
……仕方ない、月餅の為に病院行くか。




