調子が狂う
どうすればいいんだこの雰囲気は。
ここに一度沈んでしまった空気を活気づけられる人間なんていないというのに。
「花恋」
「なに」
「ビッチって何?」
「知らなくていいわそんな事。それより悠優達に飲み物買ってくるよう言ってこい。喉渇いた」
「分かった」
怜を教室から退出させ、私は大きく深呼吸をする。
「花恋ちゃん、ありがとう」
「私は慰めたりとかできないから」
さて、邪魔になりそうな怜と安蘭樹家はとりあえずここから離した。
後は優華をどうやっていつもの調子に戻すかだ。
もし元気のない優華の姿を見られでもしたら、百パーセント私が責められる。特に弟に。
理不尽な世の中だ全く。
それもあって優華をどうにかしなければならないが、身の程知らずを泣かせた経験は数あれど、泣いている人を慰めた経験は一切ない。
そもそも慰めるって何をすれば良いのか。
私が引きこもってた時も色々な言葉を掛けられ、物を与えられたけれど、最終的にここまで立ち直れたのは月餅と女児アニメのおかげ。
でも今ここに月餅はいないし、優華に女児アニメを見せたところで立ち直るとも限らない以前に私の趣味を教えたくない。
ならば言葉を掛けるしかないのか。しかし、こういう場合どういう言葉を掛けるのが正解なのだろうか。
数々のアニメや漫画を嗜んできたからある程度想定できるセリフというのはある。でも、それを言うには私は私を捨てなければならないというのと、私の優華に対する好感度は高くない。
どうしよう、詰んでしまった。せっかく最近陰口睨みが減ってきたというのに、翼のせいでまた逆戻り……いや、一つ方法がある。
翼を貶すのは得意。優華に翼はクズであるという事実を刷り込ませることができれば、翼の言葉の価値など無いに等しくなって元通りになるかもしれない。
よし、これでいこう。
方針が固まったところで私は行動を起こす。
自主的に離させるのは面倒というより無理だろう。優華の場合もう少しこうさせてと図々しい提案という名の強要をする可能性が十二分にある。
だから、私は何も言わず上着を脱ぎ、大きく一歩前に出た。
優華の方は向かず、翼をボロクソ言うために口を開いた。しかし、響いた声は私のではなかった。
「花恋ちゃん、私、何が悪かったのかな」
思わず額に手を当てた。
こっちの方向は想定していなかった。いや、正確にいうと面倒だからしたくなかった。
これから想像に難くない優華の過去話を聞かされ、私はそれに対して応えなければならない。
どうせ遊びの誘いを断らなかったら、俺の事好きなんじゃという身の程知らずの勘違い野郎を大量生産し、告白されれば断るアンドその中に女子に人気の男子がいたから、生意気とかで女子からまず目の敵にされる。それに今まで勘違いして恥をかいた奴らが便乗して、ビッチだなんだのと悪評を立てたってところでしょう。そうとしか思えない。
ある意味自分の存在と価値を見誤っていた優華も悪い。これが私の結論だ。
さあ、私の答えはもう決まった。右から左に流すだけだからさっさと終わらせよう。
「私、ずっと皆が求めるままに行動してきたの。優しい人を求められればそう振る舞って、時間が欲しいと言われたら時間を作って、皆がやりたがらない事は率先した引き受けてきたの。皆の為にずっとイエスを言い続けてきた。なのに、たった一回ノーを言っただけでどうして私は攻撃されないといけないの」
「そりゃそうでしょ」
あまりの予想外の抽象的な言葉に何も考えずに本心をそのまま口に出してしまった。
話が長くなりそうだし、私は近くの椅子を引いて座る。
優華も予想外の答えに困惑しながらも、私の隣の席を引き、身体をこちらに向けて座る。
「私が悪いの?」
「皆と仲良くするってそもそも根本から間違っているんだよ。皆と仲良くしたいなら方法は二つ。グループ所属という居場所を確立しつつ、他のグループとの交流を行う。もしくは、都合の良い傀儡となること。優華が中学の時に取った方法は後者なんだよ。そりゃ攻撃されるよ。イエスしか言わないはずの都合の良い人間がノーて言ったんだよ。都合の良いという前提が崩れた以上、自分に利益をもたらさないどころか不利益を持ってくる可能性がある。排除しようとするのは当然でしょ。特に中学生なんて、一番危険な時期じゃん。ただ、グループに所属していれば少なくともその人達は味方でいてくれたんだろうけど、優華にはいなかった。だから全員から攻撃されたんだろうね」
「皆と仲良くしたかっただけなのに……」
優華がボソッと溢した。はっきりと私に聞こえる形で。つまりこれに対してのアンサーが欲しいということだろう。
「皆と仲良くなんてできないんだよ。仲良しの中にも格差がある。その格差は自分にとってどれだけ利があるかで決まるんだよ。優華は顔が良いという利点があったからイエスマンである内は受け入れられただけ。そうでなければ初めから嫌われていてもおかしくない。それにどうせ受け身だったんでしょ。なら尚更舐められて当然。主導権を相手に握らせた時点で終わり。攻撃されたくない、でも皆と仲良くしたいなんてのは無理。攻撃されたくないなら怜みたいに孤高の存在になるか、悠優みたいに影響力のある強い人間を味方につけるしかない。それが無理なら、嫌われるの上等で私みたいに最初から拒絶すればいい。少なくとも反撃はできるからね。優華は色々と甘すぎるんだよ。自分にも他人にも」
「……そうかもしれない」
優華は目元を指で拭い、鼻を啜りながら、小さく震える声で呟いた。
思わず溜息が出た。唯一信頼していた友達に攻撃されて、未だに傷が残っている人間が何偉そうに語っているのやらと。
罪悪感か良心からか、とにかく優華にまた泣かれるのは都合が悪いから、柄にもなくフォローを入れる。
「でもまあ、今はもう攻撃されないからいいでしょ。悠優と怜もいるし。お互い友達認定はしていないだろうけど、妙な仲間意識でちゃんと守ってくれるよ。だからもう泣かなくていいから。鼻水も汚い」
「うん、ごめんね。ありがとう」
私はサングラスを外し、ポケットに入れていたティッシュと共に優華の前に差し出す。
「……これは?」
「もうすぐ怜達が戻ってくるだろうから。そんな顔で文化祭なんて回ったら私が攻撃される」
ようやく最近落ち着いてきたというのにまた優華を泣かせたとか冤罪かけられたらたまったもんじゃない。
「でも、それだと花恋ちゃんの顔が──」
「前髪下ろせば一応セーフだし。どうせお姉がサングラス持ってるからそれ奪えばいい。いいから早く」




