なんかモヤモヤする
翼の独壇場であったペースだったが、その均衡が一瞬にして崩れる事態へと急変した。
「翼、他人様に迷惑をかけるな」
静凪君の登場である。
「うちの妹が大変失礼しました」
翼の頭を力強く押さえつけ、頭を下げさせる。
「静凪、僕は迷惑なんて──」
「してないなんて言わせないからな」
静凪君が翼を取り押さえている間に、妹ちゃんを悠優に引き渡す。
「くうさん久しぶりです」
「なんでいるの」
「姉ちゃんの文化祭なんだから来ますよ。そうだ姉ちゃん、今日は父さんと母さんも来てるぞ」
「え⁉︎ 本当⁉︎」
悠優は嬉しそうに頬を綻ばせていた。
初めて見る表情。
「ああ、今はくうさんの家族と一緒にいる」
お姉とお母さんは一体何やってるんだか。
「静凪君、お姉達と会った?」
「いや、まだだよ。翼と花恋ちゃんを接触させない事を最優先と考えて動いていたから。結局、花恋ちゃんに迷惑かけて、初対面の人にも迷惑をかけて。本当になんとお詫びをしたらいいか」
「そこまで警戒しなくてもいいじゃないか静凪。僕には花恋ちゃんに付き纏う輩がまともであるかどうか確認する権利がある」
静凪君は眉間に皺を寄せ、翼に鋭い眼光を向ける。
「翼にそんな権利などない。全く、いつもいつも花恋ちゃんに執着して、呆れられるのも当然だ」
「静凪は好かれているからいいさ。僕なんて親戚の場で顔を合わせても背けられてしまうというのに。それで執着するなと言われてしまえば僕は花恋ちゃんと口すら聞けないじゃないか。それに、権利がないだと? 確かに権利という言い方はあれだったが、心配のあまり行動を起こすのは当然の事だろう。僕が今までどんな思いを抱いてきていたと思う。花恋ちゃんを守りたい、傷つけたくないと動くのがそんなに悪いのか?」
「自重しろと言っているんだ。翼のそれはあくまでエゴだ。実際、こうして多くの人に迷惑をかけているじゃないか」
「どうでもいいけど二人とも教室入って。廊下は目立つ」
ただでさえ目立つメンツだというのに、話の中心に私がいるとバレるのは非常に厄介だ。
しかも、側から見たら私を取り合う男の図みたいな感じになるし。
「花恋」
「何?」
「誰?」
怜は首を傾げて、静凪君達に目を向ける。
「自己紹介が遅れましたね。穹水静凪といいます。こっちは双子の妹の翼で花恋ちゃんの従兄弟にあたります」
「氷冬怜です」
「えっと、安蘭樹爽晴です。姉ちゃんの悠優と妹の──」
「やすらぎはるあ! ろくさい!」
「はるちゃん自己紹介できて偉いね〜」
「はるえらい!」
妹ちゃんは自慢気な表情を浮かべている。
「花恋ちゃんと悠優ちゃんのクラスメイトの天乃優華です」
「天乃優華……?」
翼は優華の名前を聞くなり、手に顎を乗せて何か考えているようだ。
そんな翼の様子に優華も気まずい表情を浮かべている。
「皆さん、改めて本当に妹がご迷惑をおかけしました」
静凪君は改めて深々と頭を下げた。
「大丈夫ですよ〜。弟が事を荒立ててしまった事も否めないですし〜」
「私は迷惑かけられてない」
「そりゃあんたと優華は見てただけだからね。静凪君、もう頭あげていいよ。静凪君は何も悪くないから。翼から離れたのも私の為だし、私は静凪君のこと責めないよ。私こそ心労かけさせてなんかごめんね」
「そんな事ないよ。花恋ちゃんこそ謝る必要ないさ」
静凪君への対応を見た弟君が信じられないと言いたげに私を見ている。
「ほ、本当にくうさん?」
「は?」
「くうさんにしては対応が優しすぎる。俺は夢でも見ているのか? くうさんは例え自分に非があったとしても謝らないはずなのに……。姉ちゃん、くうさん熱があるみたいだ。それも重症だ。はるは俺に任せて姉ちゃんは保健室連れていってくれ」
私の事を一体なんだと思っているんだこの弟は。
「そうちゃん落ち着いて〜。ほら、夢の可能性もあるからね〜」
姉の方もなぜ同調している。
「なーにが夢の可能性だ。そんなに気になるなら私が現実だと教えてやる」
私は二人の頬を強めにつねる。
「痛ったー!」
二人して同じ言葉を同じタイミングで同じ声量で溢した。
いい気味だ。
「くうちゃんつよーい!」
「痛そう」
「痛いよ〜。うぅ〜ジンジンする。ちょっと水道で冷やしてくるね〜」
「俺も〜」
三人が出ていくと静凪君は私の肩を軽く叩く。
「程々にしないと怒られちゃうよ」
「大丈夫だよ。人は選んでる」
「まあ、元気でやれているようで良かったよ。じゃあ俺達はそろそろ行くよ。翼、行くぞ」
「静凪、彼女の名前に聞き覚えはなかったか?」
翼は優華の方を見ながら静凪君に問うが、当然静凪君は頭を横に振った
「さあな。俺は翼と違って女子との交友関係は浅かったものでね。ほら、早く行くぞ。結愛さん達に挨拶しないと。すぐに合流するつもりで連絡してあるんだ」
「先に行ってくれ。少し彼女と話したい」
静凪君はお姉との約束と翼の我儘を天秤にかけているのか、少し悩んでいるよう。
「……迷惑かけるなよ」
「もちろんさ」
静凪君は本当に翼を置いて行ってしまう。
大丈夫だろうか……。
「君、どこかで会った事ある?」
「会ったことはないです……」
……おかしい。あの優華が終始気まずい表情を浮かべている。
会ったことはない、つまり翼の事は知っていたのだろうか?
高校……ではないと考えると中学だろうか?
「怜、あんたこいつの事知ってる?」
「名前は知ってる」
「そういうことじゃない。やっぱいいよ。あんた噂とかに疎そうだし」
翼は噂と小さく復唱した後、指を鳴らした。
「思い出した、ビッチちゃんだ」
優華は一瞬びくついた後、視線を斜め下に向けた。
「すっきりしたよ。仲良くなったと思ったら捨てられたって噂になっていたよね。ねえ君、花恋ちゃんにも同じ事しようとしてるの?」
「ち、違います! そもそもそれは勘違いで……」
「火の無いところに煙は立たないとよく言うだろう。困るんだよね、君みたいな不誠実な人間が花恋ちゃんに付き纏うのは。人の心を容易に踏みにじる事に抵抗のない最低な人間が花恋ちゃんの側にいるの見て見ぬ振りはできないんだ。悪いけど、もう二度と花恋ちゃんと関わらないでくれないかな」
それは私が待ち望んでいた言葉だった。
何度私と関わらないように仕向けてくれと考えたか分からない程だ。
でも、なぜだろう、実際言われている現場を見るのはあまり良い気分ではない。
それどころか、無性にイラついてしまう。
翼相手だからか、それとも優華が泣きそうになるほど追い詰めるのは流石に罪悪感が働くからなのか、理由はよく分からない。
「……ごめんなさい」
どうしたいのか私には分からないけど。でも、優華から涙が零れるのは間違いだとはっきりと分かる。
私は翼の頭を思いっきり引っ叩いた後、二人の間に入る。
「翼、お前何様だ」
「花恋ちゃん、悪い事は言わない。その子と付き合うのは辞めた方がいい」
「何様だって私は言ったの。優華と付き合わない方がいい? そんなの私が判断する事だ。なぜ翼に判断されないといけない」
「僕はただ、花恋ちゃんに傷ついてほしくなくて──」
「余計なお世話だって言ってるの。翼、さっき火のないところに煙は立たないと言っていたけど、私にあった事を知っていてよくそんな事言えるな」
「違う、そんなつもりで言ったわけじゃない」
「非意図的であれ、そういう事になる。噂なんて、悪意のある人間が好き勝手言いふらせる信用ならない情報だと理解しているくせに、勝手に優華の事知った気になって私に命令するな」
翼は口を噤み、視線を優華に移し、私に移した。
優華は頭を私の背中にくっつけて、両手で私の上着を掴む。
「申し訳ない。花恋ちゃんの言う通りだ。少々過敏になっていたとはいえ、全面的に僕に非がある。怖い思いをさせてしまって本当に申し訳ない。先程の言葉は全て撤回するよ。僕のことは許さなくていい。謝罪も受け入れなくていい。ただ、花恋ちゃんとは変わらず仲良くしてくれないかな。都合の良い話だとは理解しているが、どうかお願いします。花恋ちゃん、皆の楽しい日を台無しにしてしまって申し訳ない。どんな形であれ必ずお詫びをするよ」
「いいからとっとと出てって」
翼は深々と頭を下げて退出していった。




