個人的親族の汚点
食べ物、食べ物、食べ物ばかり。どう楽しめばいいんだ私は。
「怜のクラス行かないの?」
「一時間待ちらしくて」
どこの人気アトラクションだ。なんで文化祭で一時間も並ぶんだ。
「流石にね〜。だかられーちんが休憩に入ったら行こうって話してたの〜」
怜が休憩に入った瞬間蜘蛛の子の如く散る列が想像つく。
「花恋ちゃんどこか行きたいところある?」
「家」
「それは無理だね〜。くうちんが何も食べられないって考えると〜やっぱり出し物かな〜?」
「でもあまり遊びすぎると怜ちゃんが来た時行く場所無くなっちゃう」
「れーちんの休みいつ〜?」
「えっと、あ、でももうすぐだね。迎えにいこうか」
「じゃあ二人で行ってらっしゃい」
二人はこちらを見ると不敵な笑顔を向けて手をアピールする。
「花恋ちゃん、手繋ぎたい?」
「腕組みしたいの〜?」
「…………行きます」
怜のクラス前に行くと、悠優が言ったような一時間待ちの列はできていなかった。
怜目当ての奴らはもう散ったようだ。
「皆」
「怜ちゃん!」
「れーちんお化け役だったんだ〜。それは人来るね〜」
おそらくコンセプトは雪女。氷の令嬢なのだからそれ以外ないだろう。
「花恋のお姉さんも来てた」
「げ、お姉もう来てるの」
「あと花恋のお母さん。中で挨拶された」
お化けに何挨拶してるんだお母さんは。TPO弁えないにも程があるでしょ。
「お姉達に見つからないように隠れないと」
どこにいるのか、いつ来たのか知るためにスマホを開くと、静凪君から連絡がきていた。
──ごめん。
たったその一言に随分と悩まされた。
来れなくなったからのごめんとは思えない。かといって他の可能性も考えつかない。
手を引かれるがまま歩きながら考えていた途中、ようやく答えが目に入った。
今日は終わったはずの我が教室に人集りができていた。
しかも女子の。
引き返そうとした時には時既に遅し、無駄に高い視線のせいで、私は見つかってしまった。
「やあ、しばらくだね、愛しのプリンセス」
そいつは上手い事集団を散らし、私の前に立って空いている方の手をそっと掬い上げた。
御伽噺の王子と評しても誇大表現にならない程の完成された容姿と振る舞い。その歯がゆいセリフでさえ自然に溶け込んでしまう。
この世界観が一人異なるこいつこそ、私が大嫌いな人物。
「翼、お前どうやってここに入った」
ここはフリーオープンではなく、一応セキュリティのちゃんとした私立の為、在校生からの招待状がなければ入る事はできない。
「知り合いの子猫ちゃんが招待状を譲ってくれてね。おかげで、こうして久しぶりにプリンセスの顔を拝むことができた。この素晴らしい日に感謝を」
怜の手を離し、私は拳を作り、躊躇いなく翼の顔に向けて突き出す。
「はは、どういう冗談かな、プリンセス。危うく君の綺麗な手を僕の美しい血で染めてしまうところだったよ」
力を入れた片手で私の手を止め、少し下にずらしてそのうざったい笑顔を見せつける。
「何が美しいだ。そのうざったい顔をさっさと引っ込めろ」
「僕の顔を忘れてしまったのかな? それとも君を守るそれが邪魔をしてしまっているのだろうか。従姉妹である僕の顔はプリンセスと同様美しい造詣である事に違いはないよ」
「そのプリンセスを今すぐやめないと鳩尾蹴るぞ」
「相変わらずおっかないね花恋ちゃんは。君はまさしく薔薇だ。人を惹きつける見目麗しい要素を持ちながら、棘のある君に触れてしまうにはあまりにも危険すぎる」
これだからこいつは鬱陶しいんだ。誰だよこいつに招待状渡したやつ。今すぐこいつを回収してほしい。
「静凪君は?」
「僕という存在がありながら、彼の名を呼ぶとは」
「静・凪・く・ん・は」
「……花恋ちゃんを探しに行くといって去っていったよ」
翼に掴まれた手を強引に離し、静凪君に電話をかける準備をする。
「こいつの相手しといて。女相手なら誰でもいいから君らにもできるよ」
「勘違いしないでくれたまえ、花恋ちゃん。僕が女の子を求めているのではなく、女の子が僕を求めているのさ。僕という存在に酔いしれてしまった子猫ちゃん達に愛を与えるというのは、僕という儚く尊い存在に課せられた使命なのだよ」
「あーはいはい。──あ、静凪君、翼どうにかしてくれない? 教室前にいるから、なるべく急いでね」
静凪君との電話を終えると、天乃さんに肩を叩かれた。
「ねえ花恋ちゃん、本当に従姉妹なの?」
「あいつが親戚とか心底認めたくない」
翼は電話中の私に構うと本格的にまずいと感じたのか、ターゲットを悠優に移していた。
一番チョロそうだから妥当な選択だとは思うけど、個人的には怜にいってほしかった。
怜相手なら翼も一筋縄ではいかないだろうし。
「花恋ちゃんほどではないが、君もとても愛らしい。さぞ皆に愛されているのであろう。君のような愛らしい少女が花恋ちゃんの友人であるのは僕としても大変喜ばしい事だ。よければ学校での花恋ちゃんの様子を僕にも共有してくれないだろうか? 失礼、僕の名前は穹水翼、以後よろしくね」
悠優が視線でヘルプを出しているが、翼相手とか絶対嫌だから無視しておく。
「どうして花恋の事知りたいんですか?」
翼は視線を怜に移し、お馴染みのプリンススマイルを向けている。
「逆になぜ知りたくないと思えようか。君だって、花恋ちゃんの普段見えない生活を教えてもらえる機会があるのならばぜひ手にしたい。そう思わないかい?」
「花恋が教えてくれるなら知りたい。でも、花恋が嫌がるなら知りたくない」
よく言うよ、構うなという私に構い続けているくせに。
「君は花恋ちゃんの事を何も知らないからそう言えるのさ。花恋ちゃん程放っておくのが怖い子を僕はまだ知らない」
翼はいつもそうだ。あんたこそ、なぜそこまで私を気にかけるのか理解に苦しむ。
私はずっと翼を睨んでいるというのに、翼が私に向ける目はいつも慈愛に満ちている。
それが昔から不気味で私はずっと翼に苦手意識を持っている。
「お喋りはこの辺りにしようか。お嬢さん、よければ僕に学校の案内をお願いできるかな。その過程でこっそりと花恋ちゃんとの思い出も語ってくれると嬉しいよ」
「いや〜すみません、友達と回るので〜」
悠優は再び私にヘルプ視線を向けてきた。
それを私は見てないふりをする為にスマホに目を移した。
「では、お友達もぜひ。人は多ければ多いほど楽しいからね」
翼が悠優の手に触れた瞬間、廊下に怒気を含んだ声が響いた。
「おい! 姉ちゃんに触れるなナンパ野郎!」
弟君は悠優との間に入り、翼の手首を掴み上げた。
鋭い眼光を翼に向けているが、翼は胡散臭い笑みを浮かべている。
「僕は女性だから残念ながら野郎ではないよ」
「……は? 女?」
「え、女性?」
慣れすぎてて何も思わなかったけど、そういえばこいつの事何も知らなければ男の可能性あるんだった。
「正真正銘女性さ」
私に同意を求めるウィンクをしてきたが、面倒だから見て見ぬふりをしておいた。
「くうちゃん!」
上着の裾を引っ張られ、明るい声を発しながらニコニコと幼女特有の笑顔を私に向ける。
「くうちゃん! はるだよ!」
「流石に覚えてる。ほら、お姉ちゃんはあっちだよ」
「くうちゃん抱っこ!」
「服汚さないでよ」
妹ちゃんを抱き上げると、首に短い腕を回して私に抱きついてくる。
「悠優ちゃんの妹さん?」
「やすらぎはるあ! ろくさい! おねーちゃんは?」
妹ちゃん、いつの間にか年取っていたのか。見た目は何も変わらないのに。
「敵」
「てき⁉︎」
「違うよ。天乃優華です。お姉さんと花恋ちゃんと同じクラスなの」
「あやしい」
「ええ〜。お願い花恋ちゃん、訂正して」
「悪の組織」
「あくのそしき!」
「もうー花恋ちゃん!」
「私じゃなくて悠優に頼めばいいじゃん」
絶賛お取り込み中っぽいけど。
翼のペースに上手くついていけていない二人でどうにか状況整理をしようとしている。
怜は三人の様子を一歩引いて伺っている。
こっちに来ないのは任せるという言葉を律儀に守っているのか、抜けるタイミングを見失ったのか、それともただ単にぼーっとしているだけか。
ま、怜に限って二番はない。




