帰宅
次の授業は特にグループワークもなかったので、何事もなく終えた。
あとはホームルームが終わるのを待つだけ。
鞄はもう掴んでいる。先生の話が終わったと同時に素早く教室を出られれば私の勝ちだ。
「さようなら」
その言葉を合図に私は廊下へ向かった。
教室のドアに手が触れた瞬間、思わずやったと思ってしまった。
「くうちん早いね〜」
「げっ」
一体なぜ? どうやって私に追いつけた?
私はその謎を解明すべく目で探る。そしたらある事に気がついた。
彼女は肩掛け鞄。しかもぺったんこ!
なるほど、そういうことか。私はスクールバッグ。
席からの距離でも埋められない、鞄を持ち上げる差で負けてしまったようだ。
「くうちんも一緒に帰ろ〜。一緒に帰る人いないでしょ〜」
「私は一人で帰りたいから」
「まあまあそう言わずに〜。誰かと帰るのも楽しいよ〜」
楽しくないよ! 気まずいよ! 何でお前なんかが安蘭樹さんとって目で見られて痛いだけだよ!
「何だ安蘭樹さん、空瀬なんかと帰るのか? それよりも俺達と帰った方が楽しいぞ。どうせなら遊ぼうぜ」
今声をかけてきたのは、いつの間にかいなくなっていたあのゴミ男子の連れAとB。名前は知らない。
「遠慮しとく〜。昨日くうちんに酷いこと言ったんでしょ〜」
「俺達じゃなくて芥だよ!」
「そうそう。俺達は場の流れに乗っただけで」
「そんなの知らなーい。くうちん、かーえろ」
「あ、待って二人とも」
「てんちん早く〜」
「うん」
一体なぜ、私はこの子らと一緒にいるのだろうか。
散々逃げようとしたからか、安蘭樹さんには腕を組まれ、天乃さんには手を握られた。
人に触られるの苦手と言ったのに、じゃあ逃げないって約束してと言われ、快く受け入れた後全力で走ろうとしたのがいけなかった。
伝家の宝刀ももう使えなくなってしまった。
「あ、来た」
神よ、一体私が何をした。どうしてこうも人目を集める奴らばかりを私の周りに集わせるの。
彼女は氷の令嬢と呼ばれている。これまた高嶺の花。
まるでサファイアのように美しく、それでいて深みのある長い藍色の髪に夜空を照らす星のように人を魅了する金色に輝く目とか、聞いている方が恥ずかしくなる誇大表現をされた背が高めの女子。男女共に人気があるが、二人に比べて近づき難い雰囲気があるため、目立った人気があるわけではない。らしい。
それでもまあ、目立ったの基準があくまで二人に比べてだから、一般生徒と比較したら月とスッポンレベル。
そんな彼女は主に女子からこう呼ばれている。
「氷冬様ー!」
様をつけられるという、どこの世界のキャラだよ、もしくは宝塚ですかと思わず突っ込みたくなる。
そんな漫画キャラの彼女だが、例に漏れず私に構ってくる。
「歩きづらそうだよ」
「だって逃げちゃうんだも〜ん」
「じゃあ私も手繋ぐ」
後ろから、腕を組まれている方の手を握られる。余計に歩き辛くて純粋に嫌だ。
「怜ちゃん、流石にそれは歩きづらいと思うよ」
「でも私も手繋ぎたい」
繋がんくていい。
てか、改めて思うと何で私はこの子らと帰っているのだろうか?
そしてなぜあなたも何の疑問もなく受け入れているのやら。
「ねえ、私あなたと別クラスだよね。何で私がいること受け入れてるの?」
「私は花恋知ってるよ」
どいつもこいつも会ってすぐの人を下の名や変なあだ名で呼びやがって。
「私はあなたを知らない」
「氷冬怜。1-B。身長百六十五、体重──」
「そんな事聞いてない。何で一緒にいるのって聞いてるの」
「私も花恋と仲良くなりたい。優華と悠優だけずるい」
「……私この人達と仲良くなった記憶一切ないどころか絶賛迷惑中なんですけど」
「でも私は花恋と仲良くなりたい」
「私も花恋ちゃんと仲良くなりたいな」
「ゆーゆもくうちんと仲良くなりた〜い」
「謹んでお断りさせていただきます」
そうは言っても一切引かないのは分かっている。今日だけの辛抱、明日からはちゃんと逃げればいい。
だから、とりあえず言わなければならない事がある。
「三人並ぶのは迷惑だから、誰でもいいから手離して」
「あ、そうだね。そろそろ別れた方がいいね」
天乃さんが手を離し、久々に右手に空気を感じた。
氷冬さんも手を離せと思いっきり強く握り返したら、渋々離れていった。
だが、その空いた手を今度は安蘭樹さんが捕まえた。指を絡ませて。
「くうちん、この手離しちゃダメだよ〜」
「私は今にも離したいけど」
「照れない照れない〜」
「照れてない。一切」
「じゃあゆーゆが照れようかな〜」
「なんで?」
なんで? どうしよう、まだまだ理解力が必要っぽい。
「ん〜分かんなーい」
「あっそ」
「でも、くうちんと帰るの楽しいよ〜」
「どこにその要素ある?」
後ろの二人と話していた方が絶対楽しいと思うけど。
一切会話盛り上がってないっぽいどころか話してないけど。
「ん〜。よく分からないけど落ち着く〜」
「そっ」
「くうちんは?」
「とりあえず手を離してほしい」
「だーめ。今はくうちんの手はゆーゆのもの〜」
「違う」
「いいな、私も花恋と手繋ぎたい」
「じゃあ明日はれーちんね〜。明後日は〜てんちん」
残念ながら今日で最後です。
「逃げちゃ駄目だよ〜」
「逃げるよ」
「優華が捕まえる」
「他力本願じゃん」
「ゆーゆも頑張る〜。わっ!」
石に躓いた安蘭樹さんのせいで、私も転びそうになった。
「大丈夫二人とも⁉︎」
「絆創膏いる?」
「へーきへーき〜。くうちんは大丈夫〜?」
「危ないな。安蘭樹さんが怪我する分にはどうでもいいけど、今安蘭樹さんが転んだら私も怪我するかもしれないんだから気をつけてよ」
「うん、ごめんね。気をつける〜」
信用できない言い方。
「二人とも怪我していないみたいで良かった」
「別に安蘭樹さんが怪我する分には問題ない」
「酷〜い」
結局、駅までずっと手は繋がれっぱなしだった。
運の悪い事に、私はこの三人と電車の方向が一緒だった為、まだ私は自由になれていない。
「花恋」
「何」
「連絡先教えて」
「やだ」
「花恋ちゃんって必ず一回は断るよね」
「本心言って何が悪いの?」
「でも結局交換してくれるから優しいよね」
「ね〜」
よく言うよこの人達は。脅して奪い取った連絡先のくせに。
「花恋、連絡先の交換ってどうやるの?」
「知らない」
「まずそこの人型のマークを押してね──」
天乃さんはことごとく余計な事をする。
「花恋、これ、連絡先」
「私教えるなんて一言も言ってない」
「後から勝手に追加されるのと、今目の前で追加されるのどっちが良い?」
悪魔天乃さんの一声があり、私は渋々交換した。
ようやく着いた乗り換え駅はいつも以上の早さで逃げるように降りた。
今日は碌でもない一日だった。