M疑惑
次の授業の準備をしていると、背中をツンツンされた。
「花恋ちゃん私には敬語だね」
「まあ、はい」
「タメ口でいいのに」
「いえ大丈夫です」
「嫉妬しちゃうな〜」
先生が来たので、私は何も返さずに前を向いた。
そもそもなぜ私はこうなってしまったのだろうか。
間違えて告白されただけじゃないか。
それなのに連絡先交換して、出かける事になって、しまいには変なのにも構われるようになった。
私が一体何をした。
何のためにこの格好をしていると思う。
誰にも構われないように、むしろ避けられるようにとこんな不便な格好をしているのに。
なぜこうも学校一人気のある子達に構われるんだ!
おかしい、絶対おかしい。新手の嫌がらせとしか思えない。
「──さん。空瀬さん」
「あ、はい」
「大丈夫? 体調悪い」
クソ悪いので保健室行きますと今ものすごく先生に言いたい。
保健室でどこが悪いのか聞かれるの面倒だから行かないけど。
「いえ、大丈夫です。ちょっと考えを拗らせていただけなので」
「なら良かった。グループワークだから机くっつけてね」
「はい、すみません」
四人グループを作り、黒板に書かれている事について話し合い、発表しなければならない。
「発表は私がやるね。書記やりたい人いるかな?」
「じゃあ俺やります!」
「いや、俺がやります!」
無意味な好感度上げに必死になるとは、なんて哀れな男共。
「おい、邪魔すんなよ、俺がやるんだよ」
「お前こそ抜け駆けするな」
しかも喧嘩してるし。
「えっと、じゃあ二人に任せようかな。一人はこのグループの意見をまとめて、もう一人は他のグループの意見をまとめてくれるかな?」
「分かりました!」
「お任せください!」
「ありがとう。それじゃあ花恋ちゃんは──」
私史上おそらく最速でペンを動かし、私なりの答えを導かせた。
テーマは国語の主人公の選択について。教科書にあった案以外に他にどのような策があったのか考えるというもの。
私はとにかく頭をフル回転させ、このテーマを終わらせて彼女と話さねばならない機会を潰そうとした。
「はい、私の見解です」
「え、ありがとう。早いね」
彼女が静かに読んでいる姿に、男子達は釘付けになっていた。
とにかく今この光景を脳に焼き付ける事に必死になっているのか、息も止めているのかと思うほど静かだった。
「凄いね花恋ちゃん。納得もできるし、物語の中の方法よりずっと良いものだよ。私は花恋ちゃんの案に頷くことしかできないよ」
「それは何よりです」
「天乃さんがそう言うなら!」
「俺らも異存ないです!」
「あれ、でも読んでないよね?」
「いえ! 読みました!」
「問題ありません!」
お前らは超能力者か!
「そ、そう? なら良いんだけど。あ、これ、まとめたら返してもらえる? 発表する時に使いたいから」
「はい!」
さて、あとは残りの男子が彼女にずっと話しかけてくれれば私は何も話さなくて済む。
「花恋ちゃん」
……あれ? なぜ私に話しかけられている?
おい男子! なぜ彼女に話しかけない! せっかくの貴重な機会だというのに、使えない!
「おーい、花恋ちゃーん」
私をツンツンし始めたので、仕方なく顔を向けると、彼女は身体を完璧に私に向けて、私にだけ話しかける意思表示を全開にしていた。
そうくるとは思わなかった。
「何ですか?」
「花恋ちゃんとお話ししたいなって」
「私は話すことないです」
「私はあるよ。花恋ちゃんのこと知りたいな」
分かっていたけど、私とは全然違うタイプだ。多分こんな感じでコロコロ落としていったんだろう。
度が過ぎたら天使じゃなく小悪魔の異名が付きそう。
私にとってはもう厄災だけど。
「はぁ」
「さっきのワンちゃん、お名前は何て言うの?」
「月餅」
「もしかして秋生まれ?」
「いえ。春生まれです。もうすぐ一歳」
「じゃあ秋に飼ったの?」
「はい」
「そっか〜。可愛くてしょうがないね」
「そうですね」
話が一段落つき、もう話題もないだろうと思ったのも束の間、また新たな話題を引っ張り出してきた。
「花恋ちゃんの誕生日はいつ?」
「教えません」
「教えてほしいな」
「親しくない人に祝われたくないです」
「じゃあ花恋ちゃんの誕生日までに仲良くなれるよう頑張るね」
「結構です」
「勝手に頑張るからね」
一体私の何が彼女をそこまで言わせるのだろうか。
ほら見なよ、目の前の男子二人がすごい顔で私を睨んでるよ。
今の私に人を惹きつける魅力なんて無い。
別に優しく接しているわけでも、むしろ冷たくあしらっているのに。
もしかしてあれ? 出かける事になってしまったから、それなりに仲良くなって気まずくならないようにって事?
それか天乃さんは冷たくあしらわれるのが好きなM属性だったり。
うん、それなら納得がいく。