変な人
天乃さんはしばらく何も言わず、並ぶように立ってずっと前を向いていた。
いや、一つ訂正しよう。目線だけはチラチラと鬱陶しさを感じるほど私に注いでいる。
「さっきの人、花恋ちゃんの知り合い?」
「だったらなんですか」
「その、嬉しそうにしていたから。お姉さんにもしていなかった顔」
あのうざい戦犯に笑いかけるとか正気の沙汰じゃないでしょ。
「お姉に笑いかける必要性がない。調子に乗ってうざくなるだけ」
「そうなんだ。……その、花恋ちゃんはさっきの人の事す、好きなの?」
「そうですけど。何か問題あります?」
「ど、どういうところがその、好きなの?」
「なんで天乃さんに言わなきゃいけないんですか」
「だ、だって、花恋ちゃんに好きな人がいるなんて思わなかったから。花恋ちゃん、恋愛する気ないとか言っていたし」
……天乃さん、もしかして勘違いしている?
静凪君の事をベラベラと話したくはないけれど、勘違いされている以上は互いの尊厳の為にそれなりに質問には答えなければならない。
「あの、別に恋愛の意味で好きって事じゃないんですけど」
「そうなの⁉︎」
すごい勢いでこちらを向き、心なしか声も弾んでいるように感じた。
「逆になんでそっちの意味で解釈したんですか?」
「だ、だって、楽しそうだったから」
「安心すると自然と笑みが溢れるものですよ」
「そうだね。……私もそういう存在になれる?」
図々しいなこの人。
「無理ですよ。天乃さんは静凪君じゃないので」
「……花恋ちゃんはあの人のどこに安心感を覚えたの?」
「単純に良い人だからです。まあそれだけじゃないですけど、それは言いません。個人に関する事なので」
「良い人……」
一体この人は天井を見つめて何を考えているのだろうか。
まあニコニコずっと話しかけられるよりかはマシだけど。
「花恋ちゃんにとって私は──」
「お待たせ〜。わあ、くうちん浴衣だ。なんかすごく嬉しい〜。二人とも似合ってるよ〜」
「ありがとう。悠優ちゃんも怜ちゃんも凄く可愛いね」
人がゾロゾロとやってきたにも関わらず、埋もれず目立つ二人組。
やたら注目されているというのも要因の一つだろう。
「ありがとう〜」
「優華も似合ってる。花恋も。でも珍しいね」
「文句でもあるの?」
「ううん。嬉しい。初めて待っててくれた」
そっちかい。
「くうちんギリギリまで来ないかと思ってた〜。でもたしかに〜くうちん学校もいつも早いよね〜」
「あんたら私を待たせて謝罪の言葉ひとつないわけ?」
氷冬さんはスマホをみると首を傾げた。
「約束時間まであと十分あるよ」
「私を待たせるのはまた別に決まってるでしょ」
「まあまあ〜。それじゃあ行こーう!」
安蘭樹さんは私の手を繋ぐと人混みに向かって歩き始める。
「チッ」
「くうちん今舌打ちした〜?」
「何か文句でも?」
「んーん。ただ投げキッスの可能性もあるかな〜って。今日の悠優は浴衣だから〜、くうちんにも可愛いく映ってるかもだからね〜」
「これ以上頭のお花畑拡張したら救いようのないバカ以下になるよ」
「そしたらくうちんにまた勉強教えてもらわないとね〜」
「もう二度と教えないから」
「え〜」
何がえ〜だ。パフェ食べに来る余裕のある弟に妹ちゃん任せて自分で勉強すればいい。
「それよりどこ向かってるの」
「分かんなーい。てんちんが良い場所知ってるらしいから〜、てんちんが教えてくれるよ〜。ねーてんちん」
「…………」
「優華?」
「……え、あ、ごめんね。なんだっけ?」
「大丈夫?」
「うん。ちょっと考え事していただけ」
「くうちんに意地悪言われたりした〜?」
「いつも通りだし」
なんで私に飛び火するんだ。そもそも今日の天乃さんは初めて見た時から変だった。
「天乃さん体調悪いらしいし今日はお開きという事で」
「健康そのものだから大丈夫だからね」
「それなら良いけど〜。でも、具合悪くなったら無理しちゃダメだよ〜。夏は特に怖いからねー」
「うん。ありがとう悠優ちゃん」
……てかなんで行き先知ってる天乃さんが後ろで私達が前歩いてるの?
「天乃さん前行って」
「あ、そうだね。ごめんね」
「安蘭樹さんは手離して。氷冬さんはジロジロ見ないで。普通に視線感じる」
「花恋の浴衣貴重だから」
「手ははぐれちゃうかもしれないからね〜。電波もすごい悪いから迷ったら困るよ〜」
「そしたら私は帰る」
「だーめ」




