惜しまれる別れ
「静凪君?」
そう声を掛けると、静凪君は少し驚いた表情になった。
私が誰なのか当てる為、高速で頭を回転させているのだろう。
私は静凪君からしか顔が見えない事を確認して、サングラスを取った。
「花恋ちゃん⁉︎」
「そうだよ」
静凪君はゆっくり息を吐いて私に向き直る。
「そっか〜。久しぶりだね」
「うん、久しぶり」
「良かった、外に出られるようになったんだね」
「まだ顔を晒すことには抵抗があるけどね」
「花恋ちゃんが前進できただけで俺は嬉しいよ。でも、そっか、まだ完全には治っていないんだよね。俺がいて大丈夫? さっきもすぐ助けられなくてごめんね。めちゃくちゃ怖かったでしょ」
静凪君は赤ちゃんみたいな笑顔を浮かべたかと思ったら、我が子が怪我したと言わんばかりに心配する父親の顔になった。
「静凪君は大丈夫だよ。すぐ連絡できなくてごめん。翼の事を考えると中々……今日って翼いないよね⁉︎」
「いないから安心して。あいつは女の子ハベらして別の花火大会に行ったから」
「じゃあ静凪君は誰と来たの?」
「普通に友達とだよ。花恋ちゃんは?」
「クラスメイトに脅された」
静凪君はきょとんとした後、すぐに笑い出した。
「あはは、そうか、それは災難だったね。でも、せっかくの花火大会だし、楽しまないと損だよ」
「人混み嫌いだから家から出た瞬間から損してるよ」
「ははは、そっか。でもまあ、こうして花恋ちゃんが外に出て、親戚以外の人と花火大会に来ている事実だけで俺はすごく嬉しいよ。あれから二年か、すごい進歩だと俺は思う」
「静凪君も進歩したね。身体仕上がってるじゃん。運動部じゃないよね?」
「普通にジム通いだよ。ほら俺、翼に全部持っていかれたじゃん。花恋ちゃん含め親戚全員顔良いのに俺だけ普通でさ。好きな子できても翼に取られるし、なんかもう嫌になっちゃって。翼にはない唯一を作ろうと思って、鍛え始めたんだよ。それと、花恋ちゃんの事を聞いてね。所詮は従兄弟だからさ、花恋ちゃんの力になれないって分かってたよ。でも、守れる力すらもないのが悔しくて。今度は花恋ちゃんが追い詰められる前に守ってあげたいって思ったんだ。それが一番の原動力かもしれない。だから、今日守れて少しは筋肉も報われたと思うよ」
静凪君は本当に不憫だ。一体どうやったらあの両親、あの祖父母、この家系からこんな普通の顔になるのだろうと不思議なくらい、美形じゃない。
それを他人から幾度となく揶揄われてきていたのを翼経由でよく聞かされたものだ。
でも、静凪君はこの家系で一番性格が良い。
おそらくステータスが性格に全振りされてしまったのだ。
私はそんな静凪君が昔から大好きだ。
正直私の顔がカンストしている以上、他人の顔とか醜悪でなければどうでもいい。
「守ってくれてありがとう。翼の事は心底どうでもいいけど、静凪君を心配させたのは本当に申し訳ないと思ってる。ごめん。今は顔さえ見られなければ大丈夫だから安心して。あと、私は静凪君の事大好きだからあんまり自分を卑下しないで。これからはまあ、ちょくちょく、偶に連絡するよ」
「ありがとう。本当に嬉しいよ。何かあったらすぐ相談して。できる限り対応するから。特に男手が必要な時はね」
静凪君は肩を軽く叩いて、ほんの少し息を吐いた。
きっと、ようやく今安心できたのだろう。
「花恋ちゃん?」
顔を横に向けると、珍しく困惑している天乃さんがいた。
「一緒に行く人?」
「そう」
「そっか。じゃあ俺はもう行くね。……あ、一つ言うの忘れてた。浴衣、すごく似合ってるよ。それじゃあ花恋ちゃん、楽しんでね」
「ありがとう。またね静凪君」
静凪君は私がサングラスを掛けたのを確認すると、手を振って離れていった。




