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花の道しるべ  作者: 輝 静
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神よ、私を弄んで楽しいか。

 この炎天下の中、家はまるで砂漠地帯のオアシスに感じられる。

 自然と歩く速度は早まり、家に着く前に鞄に手を入れ鍵を出す……出す……あれ?


 家の庭で鞄をひっくり返す。小さなポケットから服のポケットを隅々探しても鍵は見つからない。

 どうやら家に置いてきたらしい。


 玄関の扉は閉まっている。つまりお姉は出かけている。

 チャイムを鳴らしても出てこない事からそれは確定事項。

 ならば家のありとあらゆる窓を調べ、どこか空いているのを願うしかない。


 このクソ暑い中、庭を歩き回り、塀までよじ登って二階の窓の施錠状況を見たというのに、成果はゼロ。

 無駄に汗をかき体力を消耗しただけだった。


 庭の水道で顔を洗い、腕を冷やし、今の状況を整理する。

 家には入れない。

 月餅は散歩に行けない以外の問題はない。

 エアコンは遠隔操作できるし、全員がいなくなる時がある日は自動餌やり機に餌が入っている。


 ならば考えるべき私の身だ。

 お姉に連絡をしたけれど、返事がこないという事は遊びにいっているという事で確定。

 となるとお母さんの帰りを待つ他ない。

 しかし、この調子で庭にいれば確実に熱中症で倒れる自信がある。

 スマホの充電は問題ない。定期もお金もある。

 なら、取れる選択は一つ。

 どこか涼しいところでお母さんが帰ってくるのを待つ。


 私は重い足取りで再び駅へと向かった。


◇◆◇◆◇


 どこで時間を潰そうか悩んだ結果、映画を観ることにした。

 ちょうど観たい作品もあったし、良い案だとは思うけれど、近くの映画館ではやっていないため、仕方なく遠くのショッピングモールまで足を伸ばした。

 高校に比較的近い映画館だから、私の事を知っている奴に会いそうだけれど、別に高校で親しい人なんていないから問題ない。

 フラグを立てた気がするけれど、フラグを立てたというフラグを立てれば問題はないだろう。


「すぐの……いや、それだと上映後が暇。次の回にするか、いやでも時間が中途半端……」


 ロビーのイスに座ってスマホと睨めっこをする。

 四十分後か二時間後か、実に悩ましい。


「悩んでるの?」

「そう。一番早いやつだと終わっても時間潰さないといけないし、でもその次の回のやつは時間が中途半端で家に着く頃にお母さんが帰ってきてるかどうか……ん?」


 一体私は誰に説明していたのか。聞き馴染みのある声だから何の疑いもなく答えたけれど、よくよく考えなくても今私は一人。聞き馴染みの声を持つ者は近くにいないはず。

 となると、どうやら私は最悪の事態に遭遇してしまったらしい。


「じゃあ私と時間潰す? 何観るの?」


 ゆっくりと声のする方に顔を向けると、夏休みに見るのは一回で十分すぎる顔がそこにはあった。


 表情の変わらないままじっと私の方を見て……いや、見過ぎどころかめちゃ近いんですけど。

 本当に私は神にとことん嫌われているのか、それとも彼女が愛されているのか、逆に推しを虐めたい理論で私が神に愛されすぎているのか、もう私には分からない。


「なんでここにいるの」

「お兄ちゃん今日早上がりだから、一緒にご飯食べようって。暇なら早めに来て映画でも観たら良いよって言われたから」

「はぁ〜〜〜」


 クソデカ溜息を吐かずにはいられなかった。

 仕組まれている。確実に仕組まれている。

 たまたま鍵を忘れて、たまたま観たい映画が高校の近くの映画館でしかやってなくて、たまたま氷冬さんも暇つぶしで映画に来ていたと。

 そんな偶然あってたまるか!

 確実に神に仕組まれているに違いない!


「それで、何観るの?」

「観ない。帰る」


 氷冬さんと一緒にいるくらいなら庭で水浴びしながら外にいた方がましだ。


「映画観に来たんじゃないの?」

「氷冬さんがいるなら観ない」

「どうして? 花恋の家では観たよ」

「それはそれ、これはこれ。じゃあ、帰る」


 来る時よりも速い足取りで映画館を後にする。

 そのスピードは徐々に増していき、最終的には競歩になっていた。

 そうなった理由は一つしかない。


「なんで付いてくるの? お兄さんいるんでしょ」

「でも花恋といたいから」

「はぁ〜〜〜〜」


 氷冬さんといい天乃さんといい安蘭樹家といい、一体私が彼女らに何をした。何を施した。

 なぜ付き纏われるほど好かれなくちゃならないんだ。

 私が好かれて嬉しいのはモフモフとガチャ運だけであって人間じゃない。


「なんで私といたいの」

「お兄ちゃん以外の誰かと出かけるってしたことないから嬉しくて。それに花恋のこともっと知りたい」


 彼女は天乃さんとは別の意味でぶっ飛んでいる。

 天乃さんが心理的ストーカーだとしたら、彼女は無自覚系ガチストーカーになる気質を備えている。

 私がこのまま彼女を振り切ろうと進んでも、結局最後まで付いてきているところが想像できる。


 本気で走ればおそらく振り切れるだろうが、家に帰ったら氷冬さんがいるという恐怖の光景も想像に難くない。

 知り合いがガチストーカーとか私への心象も悪くなるから勘弁してほしい。

 何よりこんな炎天下の中走りたくない。


 はぁ、結局折れて神の望む時間を過ごさねばならないのか。

 なんて可哀想な私。

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