過去の友、今は──
ようやく天乃さんが帰った。
図々しくも夕飯もちゃっかり食べて帰った。
誰が作ると思っているのやら。お母さんとお姉は本当に余計なことをしてくれた。
そして、天乃さんは帰った後もスマホを通して一方的に私に語りかける。
よくまあ話題が尽きないとある意味尊敬するよ。
「はぁ、また」
一度伏せたスマホにまた目をやると、心臓が一瞬高鳴り、別の意味で溜息が出た。
たった一言打ち込むのに、一時間も掛けた。
既読の二文字が付くと、また大きな溜息が溢れた。
◇◆◇◆◇
私は今、電車で三十分程のファミレスに来ている。
わざわざ家の近くではなく、この離れたファミレスに来ているのは、昨日来たメッセージが関係していた。
天乃さんでも、安蘭樹さんでも、氷冬さんでも、ましてや家族や親戚でもない。
私の連絡先を持っている最後の一人。
もう消されたと思っていた。
私の事を気に入らないはずの彼女が一体なぜ連絡を寄越したのかは分からない。
けど、応えなければきっともう彼女と顔を合わせる機会はないだろう。
私は自分で思っていた以上にまだ彼女を諦めきれていなかったらしい。
だから私はここにきた。
「いたいた、まさか本当に来るとは思わなかったよ」
一時間遅刻した彼女は悪びれもせず、さも何事もなかったかのように前に座った。
だから私も何事もなかったかのように振る舞った。
「呼ばれたからね。久しぶりだね、夢空。もう会ってくれないかと思っていたよ」
「そんなわけないじゃん。私達友達でしょ。てか何でここでサングラスしてるの? まじ変な人じゃん。外しなよ」
サングラスに手を伸ばす夢空を避けて、防御も兼ねてサングラスの位置を調整する。
「悪いけど、顔を曝け出すことに抵抗があって。このままでいさせて」
サングラス越しでも夢空の顔が曇ったのが分かる。
嫌だな、どんどん本性に対しての理解が深まっていく。
「いいよね、元から顔が良い人は。私も一度でいいから、モテたくないから顔を隠してるって言いたいよ」
「それ、私が中二の時何があったか知った上で言ってるの? そもそも誰のせいで──」
「何? まだ怒ってるの? そんなに根に持つことないでしょ。昔のことだよ。そもそも花恋にも悪い点があったって事で終わったじゃん」
終わってなんかいない。正確には強制的に終わったことにされた。
私に不登校という選択肢を取らせることにして。
その事を誰よりも知っているくせにそんな事を言えるのは、罪悪感が一切ないのか、それとも……いいや、考えたくない。
「……もういいよその話は。それで、私を呼び出した用件は何?」
「用件って、友達と遊ぶのに用件も何もないでしょ」
「……そっ」
ドリンクバー代の元は一時間で取った。
おそらくここにいても私の望む結果は訪れない。
あとは今目の前にあるコーヒーを飲んだら帰ろう。
コップに口をつけようとした瞬間、見計らっていたかのように夢空は口を開いた。
「そういえばさ、彼氏いるの?」
さっきの話題といい、今の話題といい、本当にわざとだとしか思えない。
「いるわけないでしょ。あんなことがあったんだよ」
「だよねー。でもさ、やっぱり高校生は青春しなきゃじゃん。先輩に花恋の事気になってる人がいるの。超イケてるグループの人でかっこいいの!」
「何が言いたいの」
「私達友達じゃん。だから、会わせてあげるって言ったの」
信じられなかった。中学の時は私にも悪い点がたくさんあった。不快にさせていたこともあった。だから、見捨てられても仕方ないと思っていた。
けど、だからといってこれはあんまりだ。
私の過去を、気持ちを、トラウマを知って尚、どうしてそんな事が──ああ、そっか。彼女にとって私は友達なんかじゃなかったんだ。
人気者の唯一の友達というステータスでしかなかったんだ。
そして私はまた、彼女のステータスの為に利用されている。
だって、彼女がメリットもなくイケメンを紹介とかするはずないから。
「先輩もうすぐ来るって」
馬鹿らしくなった。また、前みたいに戻れるかもって少し浮かれていた自分が。
元から友達なんかじゃなかったのに。
突き堕とされた時点で気づくべきだった。
彼女は味方なんかじゃないって事を。
「馬鹿みたい……」
「先輩! こっちです! こっち!」
私の小さな本音は、彼女の利益によって掻き消された。
彼女が手を振った先には、二股三股どころか十股くらいしてそうなチャラい男がやってきた。
「よぉ夢空。そっちが例の子か?」
「そうそう」
「俺安軽薄。よろしく〜。花恋ちゃんだっけ? めっちゃ可愛いんでしょ。そのサングラス何? 取っちゃいなよ〜。生花恋ちゃんちょー興味あるんだよね〜」
安蘭樹さんと同じ間延びした喋り方のくせに、どうしてこいつの方がムカつくのやら。
「先輩超かっこいいでしょ! 学校でもすっごいモテるんだよ。一番と言っても過言じゃない!」
「まあ、言い過ぎとは言えないな。俺ほどのイケメン、そうそういないし。花恋ちゃんだって俺ほどのイケメンと付き合えるとかちょー幸せだと思うけど」
何が幸せ者だ! お前のようなRがURの私と釣り合うわけないでしょ!
眼科行けクソが!
「俺女の子には慣れてるからさ、退屈させないよ。俺と付き合って損がないどころか得しかないよー」
得どころか損しかないわ! あーイライラする。
気力削がれて逃げなかった私を殴りたい! こんなやつに時間を使うほど私の価値は落ちていない! さっさと切り抜けないと!
「あれ? くうさん?」
私が顔を向けると、お姉さんにそっくりな笑顔を披露してみせた。
「やっぱりくうさんだ! こんなところで会うとか偶然ですね!」
「あーうん、そうだね」
「爽晴、やっぱ全員座れるほど席空いてねーから店変えようぜ。待っても中々空かねーぞ」
「はーまじかよ。俺ここのパフェ楽しみにしてたのに」
「女子かよ⁉︎ てか、その人誰? 彼女?」
友達と思わしき人が、私を見て軽く頭を下げたので、私も下げ返した。
「ちげーよ、姉ちゃんの友達。くうさん」
おいちゃんと紹介しろ。
「えっ⁉︎ 安蘭樹先輩の!」
少年は先程までとは別人のように、姿勢を正して深々と頭を下げた。
「爽晴の友人やらしてもらってます! 高杉元気っす! 爽晴と同じサッカー部です! よろしくお願いします! くうさん!」
「違う、空瀬花恋」
「空瀬さん!」
「それと、勘違いしているようだから言っとくけど、安蘭樹家とは特に親しいわけでもない」
「酷いよくうさん! 同じ釜の飯を食った仲じゃないか!」
「余計な事言うな!」
「って!」
思わず一発入れてしまったけどまあいいでしょう。
「流石は空瀬さん! 一生付いていきます! 安蘭樹先輩と近づく秘訣知りたいです! 連絡先交換してください!」
高杉君がスマホを取り出すと、弟君が割と強めの力で小突いた。
「俺だってくうさんの連絡先持ってないのに、先越そうとするな!」
「だったら今貰えばいいだろ!」
「くうさんは何度お願いしてもくれないんだよ!」
二人が歪みあっているのを横目に見ていると、夢空が話しかけてきた。
目がハートになりつつ、私には敵意を向けている。
「ね、ねえ、そのイケメン誰なの?」
「クラスメイトの弟」
そういえば、RはSSRを前にしてどうしているのかと目を移すと、先程までの自信はどこへやら、とにかく目立たぬよう空気になろうとしていた。
丁度いいし、お金置いて帰ろうと席を立ち上がったら、いつの間に勝負がついていたのか、出口に壁ができていた。
「何でここにいるの」
「俺パフェ食べたくて。ああ大丈夫です、あいつらは別の店に行ったので。パフェ食べたら俺もそっちに行きますよ」
「そういう意味じゃなくて。私帰るの」
「え⁉︎ ちょっと待ってよ花恋」
夢空は私の手首を握り、貼り付けた笑顔を浮かべた。
「ほら、まだ答え出していないでしょ。先輩と付き合ってみなよ。高校生にもなって彼氏いないのは正直ダサいよ」
カースト上位の先輩に、私という恩を売りつけて立場をキープ、または上がりたいってところだろう。
周りの目など気にせず、一人で趣味に没頭していた私の友人はもういなくなってしまったのだろう。
残酷なものだ。
「え、じゃあ俺と付き合いましょうよ。よく知らない男より、見知った男の方が安心じゃないですか? それに、俺の方がイケメンだし」
「馬鹿言えガキが。私は忙しい。そんな余裕なんてない。何より、私はどんな状況であろうと、下手に出るのが大嫌い。そういうわけなので、先輩という肩書きは私にとって相性最悪です。諦めて下さい。では、私はこれで。帰ります」
「え、いや、お試しで付き合ってからでも──」
「帰ります。そもそも、顔判断とか私が最も嫌いな人間です」
テーブルに手をつくと同時に、ドリンクバー代だけ置いて、弟君を力任せに席から退かす。
最後までいたらどうせ奢らされることになるし。
「待ってよ花恋! そう言わずにさ、一回くらいデート──」
「夢空、あんたにとって私って何?」
「え……。い、いやだな〜友達でしょう。だからさ、友達の為だと思って──」
「友達なら、私を止められない事くらい分かるよね」
掴まれた腕を強引に引き離し、店から出ていった。
扉が閉まると同時に少し振り向いたが、追いかけて来られなかった事が少し悲しかった。
座っていたのは窓際の席。外からでも様子が見える。
顔は動かさず横目で見たが、例の先輩にかまけていて、外にいる私にも気づいていない。
彼女はもう私が知っている彼女じゃない。
一緒にいたいと思えた彼女じゃない。
分かっている。でもまだ、私は彼女と友達でいたかった。
そう簡単に友達は捨てられない。たった一人の友達だから。
「くうさん」
すぐには振り向かず、大きな溜息を吐いてからいつもと変わらないように対応する。
「何、パフェ食べるんじゃないの?」
「くうさんいなくなったらあの席いる意味ないですから。俺にとっちゃあの人ら他人ですし。気まずいですよ」
「そ。じゃあさっさと友達の元に行ったら」
「送りますよ」
「ノーセンキュー」
そう言ったのに、弟君は私の隣にピッタリと付いた。
一丁前に車道側を陣取って。
「あの人くうさんの友達なんですか?」
「さあ、どうだろうね。もう違うかもしれない」
「意外ですね。くうさん友達なんていないかと思ってました」
「君のお姉さんと違って、私は社交性あるから」
「どんぐりの背比べにも程がありますよ」
溜息ついてムカつく反応をされたので、持っていたスマホでケツを叩いた。
「痛った! 痛いよくうさん!」
「ちょっと友達が多いからって調子に乗るなガキ。ぼっちの君のお姉さんと私を同列にするな。姉弟揃ってムカつく」
「は〜ほんと、くうさんに友達がいるなんて信じられないな〜。未だに姉ちゃんを友達と思っていないし。何であの人とは友達なんですか。言っちゃ悪いですが、あの人性格糞ですよ。姉ちゃんは性格良いのにどうしてですか」
尻を摩りながら、ぶっきらぼうな口調で話し、納得のいかない表情を浮かべていた。
「安蘭樹さんと友達じゃない理由は単純だよ。うざいから。君も含めてね。友達になるともっと調子に乗りそうだから嫌なんだよ。それに──」
「それに?」
「……いや、やめとく。変な事吹き込まれたら困るからね」
「待ってくださいよ! 一番気になるじゃないですか!」
「うるさい。そういうところがうざいの」
「ちぇ〜。じゃあ、どうしてあの人とは友達なんですか」
明確な理由は多分ない。興味が湧いて近づいて、彼女もそんな私を拒まなかった。
話してもいいやと思えるクラスメイトから、話したいと思える友人へといつの間にか変わっていったのだろう。
でもそれは今の彼女じゃなく昔の彼女の話だ。
「流れだよ。あの頃の私は何も知らなかったからね」
「よく分かんないです」
「分からなくてよろしい」
「でもさ、流れであの人と友達になれたってことは、いつか姉ちゃんとも友達になってくれるって事ですよね。くうさんが何を学んだのかは知らないですけど、今のくうさんが姉ちゃんと友達になったら、それはくうさんが心から信頼した友達ってことですよね。それなら俺、何も知らなくていいです!」
本当に姉弟揃ってムカつくな。そういうキラキラした笑顔は今の私には似合わない。
更新空いてすみません!忙しくて中々時間が取れずこんなに空きました!
おそらくこれほど忙しいことはもう無いと思いますが、今後は間隔空きそうな時は予め後書きで連絡します。




