嫌な可能性
それにしても、この人はいつまで私を見下ろしているのだろう。
人から見下ろされるってすごく気分が悪い。
「あの、そろそろ退いてくれないとそのご自慢のお顔を赤くしますよ」
「自慢ではないけど、花恋ちゃんが嫌なら退くね」
天乃さんが退いた事で私にもようやく光が当たった。
やれやれと起き上がり、ベッドボードを背に座る。
「花恋ちゃんってゲームやるの?」
天乃さんは家庭用ゲーム機を指して聞いてきた。
「やりますけど」
「もしかして漫画とかアニメとかも好き?」
「そうですけど、馬鹿にでもするんですか?」
「ううん。ただ、花恋ちゃんっていつも月餅ちゃんの写真ばっかり見ていてあまりそういう気配がなかったから。何か好きな作品とかあるの?」
この人本当によく私の事覗き見ていたんだな。男だったらセクハラで十分訴えられる。なんで女は訴えられないのか、悲しい世の中。
「別に、嫌いも好きも特にありません。面白ければ見ますし、そうでなければ見ません」
「ドラマとかは観ないの?」
「観ません。苦手なので。設定との乖離とか気になりますし。あと、偽りの感情を演じているのがどうにも苦手なので」
「そうなんだ。私は結構好きだけど」
天乃さん絶対アニメとか漫画観てなさそうだし、ゲームもやらなさそう。ちょっとした隙間時間に広告によく出てくるアプリゲームやってるタイプ。聞かなくても分かる。
「花恋ちゃん、一緒にゲームしない?」
「しません。私は基本一人プレイです」
「でもコントローラー二つあるよ。しかもこれわざわざ買うタイプのやつだよね?」
無駄に知識はあるみたいで厄介なタイプだった。
「はぁ、分かりましたよ」
私は自分にだけクッションを用意して床に座る。
「これやろう」
「天乃さんできるんですか?」
天乃さんが選んだのは顔に似合わず有名格闘ゲーだった。
パーティーゲームかレースゲームを選ぶかと思っていたから少し意外だ。
「私も持ってるから大丈夫だよ。ただ、誰かと一緒にやりたくて」
「オンラインでできますよ」
「そうじゃないよ。花恋ちゃんわざと言っているでしょ」
「別に。やるならやりますよ」
「うん」
キャラ選択画面に向かうと天乃さんはわぁと小さく感嘆した。
おそらく天乃さんはキャラコンプリートしていないのだろう。
てことはそれほど強いわけではない。
キャラも女子ウケ初心者ウケ抜群のキャラ。
ボコボコにして早々にゲームを断念してもらおう。
「わぁ、花恋ちゃん強いね」
そう言っているくせに全然吹っ飛ばない。無駄に生存力高い動きしてる。
「天乃さん、もしかしてコマンド全部頭に入れてますか?」
「うん、入れてるよ」
天乃さんみたいなのは基礎動作だけ覚えるライトな層タイプでしょ。
こんな意味のないところで学年一位を見せつけなくていいよと心底思う。
まあ私も入れてるけどさ。
「あー負けちゃった。もう一回いい?」
「いいですけど」
もう一回が何度もあり、かなりの時間やっていた。
全部私が勝ったけれど、正直圧勝かと言われると怪しかった。
サドンデスに持ち込まれた回も何回もあった。
最近やっていなかったし、これを機に腕を磨かなければならないかもしれない。
「花恋ちゃん、本棚の写真撮っていい?」
「なんでですか?」
「花恋ちゃんの部屋にある漫画読んでみようかと思って。私花恋ちゃんの事あまり知らないから、これを機に知りたいなって。花恋ちゃんは絶対教えてくれないと思うから、自分で学ぼうと思って」
…………正直重いなと感じた。
どんな漫画が好きなの? へーこういうジャンルが好きなんだねは普通だと思う。
おすすめの作品を見るのも普通。むしろ嬉しい部類だろう。
しかし、おそらく天乃さんは私の本棚にある漫画全てを刊行分までちゃんと読むだろうという謎の確信がある。
ラノベがあるやつはラノベまできちんと履修するし、アニメもちゃんと見るし、ラジオまでも聴いてくる自信がある。
流石の私だってそこまでしない。
でも天乃さんは絶対やる。
徹底的に本人以上に本人への理解を深めようとする感じ、天乃さんからはヤンデレの才能を感じる。
選択肢を間違え続けたらヤンデレバッドエンドルートに入りそう。
そして、その対象に私は入っている。
私を失うのは世界にとっても大きな損失だろう。ならば私が取るべき選択肢は一つしかない。
「どうぞ」
「ありがとう」
「あの、言っておきますけど、気に入った作品以外は読み続けたり、アニメとかラノベまで追ったりしないで下さいね。私だってそこまでしないので」
天乃さんは不思議そうに首を傾げたけど、分かったと一応言った。
これでヤンデレ堕ちルートを防げたと願いたい。




