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花の道しるべ  作者: 輝 静
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私は変わらず迷惑がる

 天乃さんは部屋に入るなり首を忙しなく動かしている。

 何も変な物なんて置いてないけど不快になるからやめてほしい。


「その辺で勝手に時間潰していてください」


 私はベッドの上でスマホを──あ、下だ。


「どこ行くの?」

「スマホ、下に置きっぱなので」


 リビングに戻ると、お姉は月餅を抱き枕代わりにし、ソファに寝転んでテレビを見て笑っていた。


 スマホを回収したその手でお姉の頭を叩こうと思ったけれど、月餅の純粋な目が私の行動を制限した。

 代わりに月餅を撫で、部屋に戻る。


 床に体育座りをし、私の本棚から勝手に取ったと思える漫画を読んでいた。


「おかえり。スマホ見つかった?」

「なんで勝手に読んでいるんですか」

「あ、ごめんね、ダメだった? 勝手にって言うから触っていいかと思って」


 日本語って難しいな。


「まあ、困るもんじゃないのでいいですけど」


 漫画読んでくれていた方が絡まれなくて楽だし。


「ありがとう」


 三十分位経ったところで天乃さんが話しかけてきた。

 随分と短い幸せな一時だった。


「ねえ花恋ちゃん」

「続きなら隣にあります」

「そうじゃなくて、顔、隠さなくていいの?」

「別にもうばれたので隠す意味ないですし。あと普通に目が疲れるので」

「そっか。……ねえ、側にいっていい?」

「ダメです」


 強めに断ったのに天乃さんは無視して私のベッドに腰を下ろした。


「私が嫌がる事しないって嘘だったんですか?」

「本当に嫌なら私を突き飛ばしてもいいよ」

「触りたくない」

「真顔で言われると結構ダメージがあるね」

「知りません」


 天乃さんは相変わらず微笑みながらずっと私の顔を見てくる。

 正直鬱陶しい。


「あまり見惚れないでください」

「花恋ちゃんの顔、もしかしたら見れるの今日だけかもと思うとついね。でも本当に綺麗で可愛い顔しているね。……あ、もしかして顔の事言及されるの嫌だったりする?」

「別に。私の顔が国宝級なのは誰が見ても明らかですし。正直、天乃さん達も敵ではありません」

「本当?」

「私嘘は言わないので。それとも天乃さんは私に匹敵するほどの美貌をお持ちと言えるのですか? それは大変な自信ですね」


 私がそう言うと、天乃さんは私の頬に手を添え、少し力を込めた。


「花恋ちゃん、私の顔ちゃんと見た事ないでしょ? だから、真っ直ぐ見て。どう? 花恋ちゃんから見ても私は可愛い?」


 唐突にまじまじと見せられた上からの笑顔に私は一瞬声を失った。

 思考も定まらなかった。

 おそらく実際には対して時間は経っていないのだろうけど、私にとっては人生でも数少ない長い時間の瞬間であった。


「悪魔みたい」


 ようやく出てきた言葉は彼女の外見ではなく内面を形容する言葉だった。


「花恋ちゃん、さっきも私の事悪魔って言ってたよね。そんなに私は悪い子?」

「そりゃ学校では高嶺の花やら天使やら言われているから聞き馴染みのない言葉だとは思いますけれど、私にとって天乃さんは十分悪魔ですよ。天乃さんのせいで迷惑を被った事沢山あるので」

「ん〜。好きな子には意地悪しちゃうってやつかな」

「一つ確認しますが、その好きって恋愛感情ですか?」


 天乃さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたが、すぐに眉を顰めておかしそうに笑った。

 それは大層意地悪な笑顔だ。


「どうだろうね、分からない。私、友達いた事ないし、恋愛的な意味だけじゃなく推しとかそういうのも含めて誰かを好きになった事ないからなんとも言えないな。この好きが友愛かもしれないし、興味かもしれないし、人としてかもしれないし、恋かもしれない。でもね、どんな好きかは分からないけど、私は花恋ちゃんのこと大好きって事だけはちゃんと分かるよ」


 今の私にあまりそんな顔を見せないでほしい。


「どうしてですか?」

「え?」

「私の顔を見て理解しましたよね。私が天乃さん達の立場を多少なりとも理解できるのは、私も同じ、いや、それ以上の容姿の持ち主だからです。なら、もう私に執着する意味ないじゃないですか。同類なら理解できて当たり前なんですから。天乃さんの目に映る私はもう、安蘭樹さんと氷冬さんと変わらないはずです」


 天乃さんは笑顔を崩して長考した。

 いいからさっさと退いてほしい。起き上がれない。


「確かに、悠優ちゃんと怜ちゃんを見た時、私と同じ立場だって思ったよ。花恋ちゃんが顔を隠していなければきっと同じように思った。でもね、多分私は変わらず花恋ちゃんと仲良くなりたいって思うよ。

悠優ちゃんと怜ちゃんと同じって言っていたけれど、そんな事ないよ。私達と花恋ちゃんの間には自分らしさという明確な差がある。私達は求められる事に応えてしまう。でも、花恋ちゃんはそんな事しないって分かる。私にはそんな勇気がない。怖いから。だから、物怖じせず自分を貫ける花恋ちゃんに憧れるし、すごく安心する。

花恋ちゃんが私の事を悪魔って思うのは、もしかすると私が知らないだけで花恋ちゃんの前では素でいられるのかもしれない」


 なぜこの人は私と話す度に笑顔を作るのだろうか。

 表情筋が疲れそう。


「そうですか。それは大変迷惑な事ですね」

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