形成逆転
最悪だ。ここは悪夢だろうか。
窓から見える青々とした晴天が広がる外、少し寒いくらいの部屋の中、愛らしいワンコ、字面だけで見れば天国に近い空間のはずだというのに、たった一人の存在が全てを悪に染め上げている。
「いつまでいるんですか? 早く帰ってください」
口元に手を添えて一度喉を鳴らした後、天乃さんは私を見る。
「ごめんね、暇だよね」
「違いますけど。早く帰ってほしいだけですけど」
「花恋、こんなに美味しいバームクーヘン持ってきてくれたのに失礼だよ」
「お姉太るよ」
「うるさい。私はあんたと違って定期的に外に出てるからいいの」
「ふっ、飲みに行ってるんだからどっちにしろ豚コーヒュ──いひぇ、いひゃいばはおねー!」
お姉は手を止める事なく私の頬に伸縮運動を強制している。
「ふふ」
何笑ってんだ悪魔が。
「あ、ごめんね。なんだかすごく新鮮で」
「新鮮? 花恋が? 誰に対しても態度を変えないのが花恋の数少ない良さだと思っていたんだけど」
ぶっ飛ばそうかなこのお姉。
「花恋ちゃんが仕返しされているのがなんだか見慣れなくて。それに、普段は顔が見えなかったのもありますけど、表情豊かですごく新鮮に感じます」
「そうだよ、花恋は意外とコロコロ表情が変わるよ。まあ、基本は人を馬鹿にしているか呆れているかで可愛げなんて全くないけどっ──」
まじでムカついたからお姉の腹に一発入れた。
「ほ、ほらね、可愛げないでしょ……」
「私の顔見てよくそんな事言えるね」
「どうして神はこいつにこの顔を授けたのやら……。うう、私は横になるから天乃ちゃん花恋の部屋でゆっくりしといて。月おいで〜」
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。天乃ちゃんは優しいね。花恋も天乃ちゃん見習いなよ」
「誰が見習うかこんな悪魔」
「え、悪魔……?」
おっと、ついうっかり本音が飛び出してしまった。
「とりあえず天乃さんには帰ってもらうから。てかなんで来たんですか?」
「あ、そうそう。この前話した花火大会の予定なんだけど、花恋ちゃん絶対連絡しても確認しないでしょう。だから直接伝えにきたの」
「花火大会?」
その四文字に反応したお姉は、先程までの弱々しい態度はどこへやら、素早く起き上がり私の肩に手を置いた。
「ねえ花恋、この前花火大会誘われてないって言ったの嘘だったの?」
「…………」
部屋は涼しく暑さとは無縁のはずなのに嫌な汗が出てくる。
「この前急に旅行に行きたいって言ったの、もしかして花火大会が関係しているの?」
「あの、それって八月初旬ですか?」
天乃さんのその質問に答えるかのようにお姉の手に力が籠った。
「ごめんね天乃ちゃん。ちゃんと花恋を花火大会に向かわせるから。だから、悪いけどその予定をうちのお母さんにも伝えてくれないかな? 家には車で送るから」
私の逃げ道を全て塞ぐ為にお母さんを鬼化させるのだろう。
可愛い妹が行きたくないといっているのに酷い仕打ちだよ。
「それは構いませんが迷惑になりませんか?」
「なる──」
「ならないから安心して。花恋、分かってるでしょうね」
「…………」
「返事は?」
「……分かった」
私は今日ほどお姉と天乃さんを会わせてはダメだと強く感じたことはないだろう。
「うん。じゃあ天乃ちゃん、せっかくだし花恋の部屋で過ごしておいで。もし何か意地悪されたら私に言ってね。リビングにいるから」
「え、あ、はい。花恋ちゃん、部屋案内してくれる?」
まるでかき氷を一気に食べたかのように頭がジンジンと痛む。




