逃げられた
春というには暑く、夏というには肌寒い、もうすぐ外に出るのが億劫になる季節になったとはいえ、流石に布団を掛けずに寝るには十分寒く、私は体の震えと共に目を覚ました。
日が出始めているのか、もう部屋の中は真っ暗とはいえず、かろうじて見えていたシルエットが、今は一瞥するだけでパーツが分かる。
サングラスを手に取り、ベッドから降りる。
お姉に鬼電しつつ、出来る範囲で朝の支度を済ませる。
サングラスをかけたら卵を割り、フライパンに火をかけてバターを広げる。
溶いた卵を流し込み、完全に固まらないよう、箸とフライパンを細やかに動かす。
包み込んで完成したオムレツをレンチンしたハンバーグの上に滑らせ、包丁を使って開いた上から温め直したカレーを掛ける。
「いただきます」
食べ終わったらお弁当作りに移行する。
昨日そんなにいるのかと言われた食材を全て使い切り、味、見た目、栄養、全て完璧なお弁当が出来上がる。
「はよ〜」
そう言ってすぐソファに横になる。一体何の為に起きてきたのか全く分からない。
とりあえずコップ一杯の水を手に持ち、顔に掛ける。
「うわっ! 冷た!」
「目覚めたならさっさと動け。あと水拭いとくんだよ」
「鬼かよまじで〜。てかくうさん早起きじゃね〜?」
「あんたがいなければいつもはもう少し遅い」
「何だよそれ〜」
「んなこといいからさっさと支度しろ」
「へーへー」
半目の憎たらしい顔から目がぱっちり開いたうざい顔になり戻ってきた。
いつもの調子なのか、すぐに冷蔵庫を開けると、そのまま何かに気づいたかのように台所を二度見した。
「え、弁当? あと朝食? 作ってくれたの?」
「いらないなら食べるな」
「まじ! サンキュー! くうさんの料理まじ美味いからラッキー! 毎食食いたいくらい」
「自分で作れ」
「俺料理できないもん。教えてよ」
「教えるか馬鹿。いいからさっさと食べろ」
「いただきます」
会話が止まって静かになった。
ソファに座ってスマホをいじっていると、起きてきた安蘭樹さんがバタバタと寝坊したと言わんばかりに焦って動いていた。
「そうちゃん! 洗濯物回してくれた⁉︎」
「やべっ! 忘れてた!」
「あれ? 違うの? 回ってたけど」
「まじ?」
その疑問に応えるかのように、洗濯が終わった音がリビングまで響いた。
「くうさん回してくれた?」
「お姉来たから帰る」
「くうちんちょっと待ってー!」
安蘭樹さんが私の腕を掴むとインターホンが鳴り響いた。
オートロックを開けて少しして、もう一度インターホンが鳴った。
弟君が率先してドアを開けると、お姉が顔を見せた。
「おはようございます。君はお兄さんかな?」
「いえ、弟です。中二です」
「そっか。凛々しいからお兄さんかと思っちゃった。花恋泊めてくれてありがとう。これ、お礼にどうぞ。ご家族で食べてください」
「いえ、こちらこそ色々と助けてもらって」
「別に心にないお世辞なんて言わなくていいから。それじゃあ、私帰る」
「え、服持ってきただけなんだけど。そもそも今帰ったら遅刻するでしょ。それに、私この後友達の家に行くから。昨日の今日で全然寝れてないからこの近くの友達の家で寝るの。だから花恋も今日はここから通って。こっちの方が近いでしょ。交通費も中に入ってるから。それじゃあ、もう少しだけ花恋の事よろしくお願いします。安蘭樹ちゃん、学校でも花恋の事よろしくね」
お姉は紙袋を渡し終えるとすぐに帰っていった。




