激しい思い込み
当然ながら、私の手は空を切った。
そのことで動揺が隠せなかった。
いつも側にいる月餅がいないせいで、不安の行き場が無くなっていた。
そんな不安定な私に気づかずか、安蘭樹さんは言葉を続ける。
「矛盾しているな〜って思ってたんだー。くうちんって一人でいたいと言いつつ、ゆーゆ達が強引なのもあるけど、結局は一緒にいてくれるでしょ〜。くうちんの性格なら、拒絶することくらいはしそうなのに〜その一線は絶対超えない。それって結局、拒絶して疎遠になるのが怖いのかな〜って思ったの〜」
「違う」
「それとね〜」
安蘭樹さんは私の言葉がさも無かったかのように止まらず続ける。
「くうちんは嫌われるのが怖いのかな〜って。くうちん、家族以外には絶対顔見せないでしょ〜。それって、家族は絶対嫌わないって自信の表れだと思うんだ〜。逆にゆーゆ達に絶対顔見せないのって、その自信がないからなんじゃないかな〜って。顔を見せない今のくうちんは〜、嫌われてもいい存在として〜本来の自分を守っているんじゃないの〜?」
「違う」
「ゆーゆね〜くうちんは本当に美人だと思ってるよ〜。お姉さんが美人だしね〜。だからこそ、ゆーゆはくうちんのことが分からないの。自信家なのに臆病者でー、プライドが高いのに諦めが早い。ねえ、どうしてくうちんは顔を隠すようになったの?」
気づくと私は安蘭樹さんに馬乗りになっていた。
掛け布団が床に落ちる柔らかい音が一瞬響く。
聞こえるのは、先ほどまで横になっていたはずの私の整わない呼吸音だけ。
真っ暗な目の前がぐるぐると回っている錯覚に陥る。
私だけ空間が隔離された不思議な感覚。
安蘭樹さんの腹部の動きだけが、現実と時間の流れを教えている。
不思議と口元が震えていて、声を出そうとしても上手く紡げなかった。少し大きな呼吸音が出ては消えてを繰り返している。
ようやく声が出たのは、安蘭樹さんの腹部がより大きく動いてからだった。
「違う、違う。私は何も──。……私はただ、安蘭樹さんの事を哀れに思ったから」
「ゆーゆが?」
「安蘭樹さん、いつもニコニコヘラヘラと憎たらしい顔浮かべてるでしょ」
「に、憎たらしい……」
「楽しくないくせに、どうでもいい奴らに愛嬌振り撒いて、応えて、外でもそんな状態なのに、家でもずっと気持ち悪いくらいニコニコヘラヘラ」
「気持ち悪い……」
「分かるんだよ、心の底からずっとニコニコしていられる人間なんていないって。我慢しているって。だから、哀れになったんだよ。自分を押し殺している人間で。ねえ、私のこと分からないって言ったよね。あんたこそ自分の事何一つ分かってないんじゃないの? 自分と向き合う時間なんてなさそうだもんね。私が安蘭樹さんを手伝った理由は一つ、死んでる人間は気持ち悪いからだよ。おかげで今日は一瞬でも怒りで生き返ったから良かったでしょ」
安蘭樹さんが今どんな顔をしていて、今私がどれほど乱れているのか、何一つ分からない。
分かることといえば、雨はますます勢いを増しているということだけ。
脱力して動く気もなく、タイミングも逃し、私はただ安蘭樹さんの上で安蘭樹さんが行動を起こすのを待つしかなかった。
「ねえ、くうちん」
シーツの擦れる音がした。
私の左手が温かくなると同時にその音は止み、右手も同じように温もりに包まれる。
「一人にして」
私は横に倒れ、溜息を吐く。
「嫌だ」
「うん、ありがと」




