気まずい
「な、何してるの?」
弟の信じられない変態行為に濡れて帰ってきた姉は思わず絶句して立ち尽くしている。
「お帰り姉ちゃん。ちゃんとくうさんに謝ったから気にするな」
「そうじゃなくて、女の子の前で服を脱ぐんじゃありません! いいから早く服を着なさい!」
安蘭樹さんが私を自身の方に引き寄せたので、去り際に一言誤解を招かせる言葉を残しておいた。
「変態」
安蘭樹さんは必要な物を渡してお風呂に入ってと言った後、クソガキの元に向かった。
◇◆◇◆◇
他人の入った湯に浸かれるかと言われると、正直ノーだ。
だから我が家で温泉に行く時は、個室にお風呂が付いているかが基準となる。
シャワーだけだとお風呂というのはすぐに終わる。
髪を乾かす時間やスキンケアの時間のほうが多いくらいだ。
今日は久しぶりにお風呂とケアの時間が逆転する。
「くうさんは寝る時もサングラスかけんの?」
「そんなわけないでしょ。馬鹿じゃないの」
「え⁉︎ かけないの⁉︎」
なぜ安蘭樹さんが驚くのか。
ここにきてから安蘭樹さんの唯一とも言っていい間延びキャラが喪失している。
「かけるわけないでしょ。跡つけたくないし、怪我するかもしれないし、壊れるかもしれない。それくらい聞かなくても分かるでしょ。それに安蘭樹さんはソファで寝るから顔見られる心配もないし」
「……え、それ本気で言ってたの?」
「私が冗談言うわけないじゃん」
「母さん達のベッドで寝ればいいじゃん」
「シーツ洗ってないし、お布団出すの大変だからね〜。くうちんと一緒に寝るから大丈夫だよ〜」
何さらっととんでもないこと言い出してるんだこの人は。
絶対に嫌だ。お姉と寝るのですら嫌なのに他人と寝るなんて耐えられない。
私の隣は月餅の特権だ。
「床で寝て」
「我が家はそんなに布団ないから〜」
「泊めてもらってる身で贅沢だぞ」
「じゃあ歩いてでも帰るわ」
「そんな気ねーくせに」
「そうちゃん、あまり刺激しないで。くうちんは冗談抜きで実行するから」
なんか不快になる言い方。まあするけど。
「くうちん」
安蘭樹さんは私の両肩に手を置く。その力は中々に強く、安蘭樹さんの意志を表しているかのよう。
「一緒に寝よう。じゃないとゆーゆとオールだよ」
「じゃあ──」
結果的にジャンケンに落ち着き、私達は一緒に寝る羽目になった。
もう十一時。いつもならもう寝ている時間。
いつも月餅がいるからベッドの半分取られる事に問題はない。ただ一つ問題があるとすれば、環境が慣れない。
「くうちん? 眠れない?」
「こっち向かないでって言ったでしょ」
「ごめん」
お互い背を向け、じっとしている。
二人も入っているというのにほとんど動かない掛け布団。
寝るに寝られない緊張感が張り詰め、どこか不気味な雰囲気が漂っていた。
「今日はありがとう」
この雰囲気を壊すためか、安蘭樹さんが動いた。
「だからこっち向かないで」
「大丈夫、顔は見ないからね〜。人が嫌がることはしないよ〜。ねえくうちん、一つ聞いてもいいー?」
「駄目」
「くうちんはさ〜、どーして色々手伝ってくれたの? 勉強も買い物も料理も洗濯も、もちろんはるちゃんの事も。あと、そうちゃんのことも。すごく感謝してるけど、正直ちょっとくうちんの事分からなくなった。どーして迷惑している人の為にそこまで頑張ってくれたの?」
「……答えないよ。駄目って言ったじゃん」
「ゆーゆの想像なんだけどねー、くうちんって実は憶病者なんじゃないかなって思ってるんだ〜」
「……は?」
真っ暗な部屋に外向きの顔。安蘭樹さんの顔なんて見えるはずもないのに、いつものヘラヘラした憎たらしい顔が眼に映る。
思わず手を伸ばした。後ろにいる本物の安蘭樹さんではなく、存在しない私が作り出した安蘭樹さんの口元目掛けて。




