まだいなきゃいけないの
バタンという大きな閉扉音が部屋に引きこもったという事実を間接的に知らせた。
「ねーね」
しばらく流れた静寂を妹ちゃんの震えた小さな声が破った。
安蘭樹さんは意識を引き戻すと、妹ちゃんを抱きしめる。
「ごめんね、大丈夫だよ。怖い思いさせてごめんね」
妹ちゃんは何も言わず、安蘭樹さんから逃げて私の足に抱きついた。
それを見た安蘭樹さんは悲しそうで、反省しているようにも見える。
「ごめんねくうちん、こんな事になっちゃって。酷い言葉も態度も浴びせて、嫌なもの見せて、本当にごめんなさい」
「そんなことより料理冷めるんですけど。人に作らせたなら冷める前に食べるもんでしょ」
「……うん、そうだね。はるちゃん、ご飯にしよう」
安蘭樹さんを怖がって、私から離れないようにしていた妹ちゃんだが、私と安蘭樹さんで料理を運ぶ準備をしていると、段々と先ほどまでの記憶が無くなったのか、それともどうでもよくなったのか、一足先にイスに座って、カレーを催促している。
「ねーまだー?」
「もうすぐだからね〜。はい、どうぞー」
目の前に運ばれたカレーを見て、涎を垂らして目を輝かせた。
すぐに口に入れようとしたのを、安蘭樹さんが制止する。
「はるちゃん、食べる前にやることがあるよね〜」
「いただきます!」
「召し上がれ〜」
妹ちゃんに続いて、私達も手を合わせた後、カレーを口に運ぶ。
「おいしー! ママのよりおいしー!」
「そりゃ私が作ったんだから当然だよ」
「さいきょーだから?」
「最強だから」
「くうちゃんすごい!」
「当然」
「はるちゃん食べながら喋っちゃダメだよ〜」
幼子特有の空気を読まない明るさと、元に戻った安蘭樹さんの雰囲気で先ほどまでの出来事がまるでなかったかのような空気に入れ替わっていた。
まあ一番は私の料理の美味しさのおかげだけれど。
食事の後は洗い物と少し家事を手伝い、お姉の迎えをひたすらに待っていた。
「え⁉︎ 渋滞⁉︎」
「そうなの〜。雨のせいもあるけど、帰宅ラッシュと重なったのか全然動かなくて。多分あと一時間はかかる」
「その一時間の基準は最低と最高どっち」
「最低」
「はぁ〜まじか〜。分かった、待ってるからなるべく早く来てよ」
「それは天にお願いしといて」
お姉からの電話が切れ、私は思わず溜息が出た。
「一時間もかかるならお風呂入ってく?」
「顔見られるから嫌だ」
「くうちゃんはどうしておかおかくしてるの?」
「なんでだと思う?」
「ん〜……⁉︎ くうちゃんはあくのそしきだから、おかおみられるとまずい」
「せめて正義の味方であってほしかった」
「せーぎのみかた!」
間に受けそうなので、ここはすぐさま訂正しておく。
ほんと、調子が狂う。
「違うよ、一般人。守られる側。まあ、色々あったんだよ。大きくなったらそのうち分かるんじゃない?」
「どれくらいおーきくなったらいいの?」
「お姉さんよりも大きくなればいい。早ければ小学生で追い抜けるよ」
「くうちん酷いよ〜」
「文句なら自分の遺伝子に言って」
「ゆーゆだって言えるなら言いたいよ〜!」
その胸萎めば身長も少しは伸びるんじゃないとは言わなかった私の優しさなんて露知らず、安蘭樹さんは私の体を左右に揺らした。




