クソガキ
料理を始めると二人してじっと見てきてうざったかったから、一人にするよう言うと二人でお風呂に入りに行った。
お風呂場から断片的に聞こえる声を聞きながら料理をしていると、慣れ親しんだ料理もどこか新鮮に感じる。
私が夕飯を作る時はいつも静かだからかもしれない。
案外悪い気はしない。
「ただいま〜。……カレーの匂い? 姉ちゃんカレーきらしたとか言ってなかった?」
少年というには低く、青年というには高すぎる絶妙な声を響かせながら、安蘭樹さんとは違うタイプの雰囲気を纏った少年がリビングに入ってきた。
「……え、ストーカー?」
私だってお前は誰だと心底問いたいけれど、それよりも先に否定をしなければいけない。
「違う」
「え、あ、じゃあ姉ちゃんの友だ──」
「違う!」
「あーじゃあ〜、え、姉ちゃんの彼女⁉︎」
安蘭樹さん同様の童顔を赤く染め、少々言いづらそうに大外れを口にした。
「どう考えても違うでしょ! 変な妄想しないで! ジャンケンに負けて連れてこられたただのクラスメイト! 私だって来たくて来たわけじゃない!」
「まじ? 本当に? 実は姉ちゃんのファンだったりして。いや、俺のファンでも全然あり得るな。ほんと、料理までして必死にアピって、どうにか家まで上がる権利を勝ち取ったファンという名のストーカーだな」
「ああん?」
この私に失礼に値する不釣り合いな自意識をぶつけられ、結構本気で頭に来た。
「私がどうしてあんなうざい安蘭樹さんなんかのファンにならなくちゃいけない。そもそもお前誰だよ。お前こそ私のストーカーかよ」
「え、こわ」
「こっちは自分の貴重な時間を無理やり削らされて、服は汚されるわ、料理はさせられるわ、お守りはさせられるわ、勉強は教えさせられるわで散々な一日なんだよ。それをよく知らないクソガキに安蘭樹さんのファンだと言われて、散々通り越して最悪な日だわ。取り消せ。今までの言葉全て取り消して謝れ。私を見下すその体を縮めて謝れ」
「え、あの──」
「早く」
身長だけは高いクソガキは、先ほどまでの余裕のあるヘラヘラした顔はどこへやったのか、私を見下ろす目には困惑と恐怖が混じっていた。
クソガキは恐る恐る床に膝を付き、私を見上げた。
「その、ごめ──」
「にーに!」
「え、あ、はる。良かった〜。そうか、風呂か。あー良かった」
少年は安堵の表情を浮かべ、駆け寄る妹ちゃんを抱きしめようとしたので、その前に妹ちゃんを私が抱き上げた。
「お風呂上がりの綺麗な子をその汗まみれの汚い身体で触るな」
「……はい」
「おー! くうちゃんパパみたい!」
「え、パパ?」
性別的にママじゃないの?
「パパ! にーによりつよい事言えるのパパとママだけ!」
「せめてママであってほしい」
「ママはやさしいけどこわい!」
「我が家は私が最強だよ」
「おーさいきょー! くうちゃんかっこいー!」
「だからこんな性悪か」
目をキラキラと輝かせている妹ちゃんとは対照的に罰が悪そうに目を逸らして小声で呟いたのを私は聞き逃さなかった。
「私は耳が良いということを忘れるなクソガキ」
「騒がしいけどどうかしたの〜?」
「姉ちゃん! 助けて、あの人怖い! はるも人質に取られてる!」
幼児に戻ったのか、ハイハイで安蘭樹さんの元まで駆け寄り、そのでかい幼児は小さな安蘭樹さんの足に捕まって隠れた。
盾を手に入れた安堵からか、再び私を逆撫でする本音を吐いていた事に恐らく気づいていない。
「おかえり〜そうちゃん。くうちん、私の弟のそうちゃん。そうちゃん、友達」
「じゃない」
「まだクラスメイトのくうちん」
相変わらず安蘭樹さんは粗の多すぎる自己紹介をしている。
「ただのクラスメイトの空瀬花恋。安蘭樹さんに付き纏われて困っている。でも今はそれ以上に君に心底腹を立てている」
「安蘭樹爽晴。中二。サッカー部。俺も姉ちゃん侮辱した事許さねー」
安蘭樹さんの足に力を強めて捕まり、安蘭樹さんにSOSを本気で送っている。
それを感じたのか、安蘭樹さんは大丈夫だよと声をかけ、とにかく立ち上がるよう促した。
立ち上がっても尚安蘭樹さんを盾にし、何とも情けないと思わざるをえなかった。
それを安蘭樹さんは笑って、安心させるよう声をかけた。
「大丈夫だよ〜。くうちんは性格も態度も悪いけど、ちゃーんと良い人だから。くうちん、そうちゃんが何か気に触る事をしたみたいでごめんね。でも、許してあげてほしいな。そうちゃん、何があったのかお姉ちゃんに話してみて〜」
「お、俺何も悪い事してないから!」




