虐待疑惑
洗濯機が動く音がすると、顔を覗かせて聞いてきた。
「おせんたくおわった?」
「はるちゃん、ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」
申し訳なさそうな表情を浮かべ、少し警戒しながら私に向けて謝罪した。
私はそんな妹ちゃんに目線を合わせて、こう返した。
「知ってる? 謝られても許さないといけないなんて法律はないんだよ」
理解したのかしてないのか、それでも何となく言っていることは分かったのか、目に涙を溜め始めた。
「今気づけてよかったね。気づくのが遅かったら取り返しのつかない状況になっていたかもよ」
私は妹ちゃんの頭に一瞬だけ手を添えて、リビングに戻った。
「くうちん」
「何? 文句でもある?」
「ありがとう〜」
安蘭樹さんは笑顔を浮かべた後、真剣な顔をでワークと向き合った。
「くうちゃん、これあげる」
今までとは違い、緊張した面持ちで腕いっぱいに抱えた物を渡してきた。
パックのりんごジュースにプリン、あと小袋のお菓子が少々。
「ごめんなさい」
ポロポロと大粒の涙を溢しながら、拭うこともせずじっと私を見つめる。
表情が崩れないように、必死に強張らせているのが見て取れる。
「私はちびっ子相手にムキになる程子どもじゃないってさっき言った。別にもう気にしてない。でもまあ、くれるっていうならりんごジュースだけもらうよ。ここに来てから何も飲んでないし」
「ごめんくうちん」
「別に」
備え付けのストローで穴を開け、細いストローから喉に送る。
「おいし?」
「別に」
りんごジュースも飲み終え、手持ち無沙汰になった私に妹ちゃんが抱きついてきた。
「あそぼ!」
「何するの?」
「おままごと!」
「え、やだ。テレビでいいよ。テレビ見よ」
「え〜」
「じゃあ何するの」
「んとね〜」
今後の予定に決定を下すかのように、妹ちゃんのお腹が私に訴えた。
「はるお腹空いた!」
「え? あ、本当だ、もう暗ーい。こんな時間まで付き合わせてごめんね〜。はるちゃん、もう遅いからくうちんとさよならしようね〜」
「やだー! くうちゃんと食べるのー!」
「え、でも」
「やーだー!」
安蘭樹さんは私の方を伺うように、目線だけこちらに向けた。
「はぁ。まあ、まだスカート乾いてないし。お姉に迎えにきてもらうようにするから少しくらい遅くなっても問題はない」
「ねーね!」
「一緒に食べてくれるって〜。良かったね〜」
「やったー!」
安蘭樹さんは一度自室に勉強道具を置きに行った。
「くうちゃんはなにすき?」
「特にない。嫌いなのは他人が作った料理」
「りょーりきらいなの?」
「料理は嫌いじゃない。他人が作った料理が嫌い」
「はるよく分かんない」
「分からない方がいいよ。自分で作る手間が増える」
部屋から戻ってきた安蘭樹さんは、そのまま台所に行き冷蔵庫を開けた。
「あ、そっかーくうちん自分で作った物じゃないとダメなんだっけ〜。レトルトも無理〜」
「食べれない事はないけど……え、レトルト? 作り置きとか今から作るじゃなくて?」
「お恥ずかしながら〜我が家で料理できるのママだけで〜」
一瞬言われたことを整理する時間が必要になった。
お母さんは介護で家にいないと言った。
安蘭樹さんにはまだ五歳の妹。
安蘭樹さんはともかく五歳の子に保存食を食べさせる日々。
そこから導き出させれる答えは一つ。
「え、虐待?」
「違うよ⁉︎」
「だって、こんな小さな子に保存食ばかり食べさせてるって虐待としか……」
「ちゃんと休日は外食行ったりちゃんとしたところでお弁当買ってるよ!」
「五歳児にそれは健康に悪すぎる」
「だ、だって〜、料理できないんだもーん。ゆーゆだってダメなことくらい分かってるよ〜」
安蘭樹さんは後ろめたさ全開で私に言い訳をしてきた。
「くうちゃん、ねーねいじめちゃめだよ」
「はぁ。もし何でも食べれるとしたら何食べたい?」
「えー、んとね〜、カレーライス! ハンバーグ乗ってるやつ!」
「これまた面倒くさいやつを。お金は安蘭樹さん持ちだから」
「え⁉︎ くうちん作ってくれるの⁉︎」
「虐待現場をみすみす逃すわけにはいかないから。それくらいの良心はある」
「虐待じゃないってば〜」
三人で近くのスーパーまで食材を買いに行って、重い荷物を持って帰ってきた。




