今回だけ
ホームルーム。なぜ私もわざわざ名前を書かねばいけないんだと思いつつ、紙を貰って後ろに回した。
こんな迷惑な騒動を起こしたやつの顔を一発でいいから殴りたい。
「空瀬さん、呼ばれてるよ」
ホームルームが終わってすぐ、氷冬さんに呼び出された。
直接呼ばずクラスメイトをダシに使うとは。
「何」
「ちょ、ちょっとこっち来て」
十分しか時間がないというのに、手を引かれてわざわざ遠いトイレまで連れてこられた。
「何。時間ないから早くして」
「あの手紙、私の」
「は?」
「手紙の犯人私なの」
理解が及ばなかった。なぜ天乃さんにわざわざあんな手紙を出したのか。連絡先交換したのだからアプリで話せばいい事を。
でも、とりあえず私が殴りたかった相手が目の前にいるってことだけは分かった。
「とりあえず一発殴っていい?」
「え、なんで?」
「気分」
「えっと、その、痛くしないなら……」
「だったら殴る意味ないじゃん」
「じゃあやだ」
「じゃあデコピンで。ほら、額出して。早く」
急かすことにより、思考を停滞させ、とにかく強制合意をさせる。
前髪をかき上げ露にされた額に、私は思いっきり溜めたデコピンを一発当てた。
痛ッと小さく声を漏らし、額を抑えている彼女の横で、私は清々しい気持ちになっていた。
やることもやったので、そのまま一人彼女を置いて教室に戻った。
一体彼女がなぜ私を呼んだのか、そんな疑問はデコピンと共に晴れていた。
そして昼休み。嫌々ながらも習慣になってしまった彼女達とのお昼。
でも、教室にいても冷ややかな視線を向けられ、心休まる日はないからどっちもどっちなところがある。
いつか彼女達三人まとめて休んでくれる日を夢見て、私は今日も中庭にいる。
「花恋、あの」
ずっとサンドイッチを手に持つだけ持って口にしていなかったが、ついに一口もサンドイッチを食べずにお弁当箱に戻して私に話しかけてきた。
「手紙の件なんだけど」
「ああ、そういえばなんであんなキモいことしたの?」
「キモ……」
「天乃さんの連絡先持ってるのにわざわざ手紙渡すとか理解不能で気持ち悪い」
「え、私?」
「そもそも今直接言えばいいじゃん。余計な騒ぎ起こして」
「え、あの手紙れーちんなの〜⁉︎」
「ち、違くて、あれは花恋に渡すはずだったの」
「え、余計に無理。気持ち悪い。空いてる日聞くとかストーカー予備軍じゃん」
三段攻撃によって精神がすり減らされてもなお、彼女はどうにか言葉を続けた。
「そうじゃなくて、また遊びたくて空いてる日聞きたかったんだけど、花恋連絡しても無視するし、直接聞いても答えてくれないから、手紙ならお姉さんが見つけてくれたら書いて持たせてくれるかなって。でも、席間違えて優華の所に入れちゃって……」
ストーカーでも変態でもなく、お姉を利用し、私を脅して遊びたいが為にこんな面倒な騒動を引き起こしたと。
まあたしかに、天乃さんに渡ったからこんなことになったが、おそらく彼女にとっては現状の方が良かっただろう。
間違えず私の席にあれば、問答無用で手紙破り捨てていたから。
そもそもお姉だって差出人不明の手紙に返事しろなんて言わない。
むしろ警戒するくらいの常識はある。
「それで何? 手紙作戦失敗したけど空いてる日教えろって?」
「教えてほしいけど、そうじゃなくて、この状況どうしたらいい?」
「は? 私になんとかしろって言いたいわけ? 氷冬さんの尻拭いしろって?」
「そうじゃなくて、助けてほしくて」
「意味は一緒でしょ。自分でどうにかしなよ。無関係の私を巻き込まないで」
「頼れるの花恋しかいない」
その言葉に私は無意識に二人に顔を向け、溜息を吐いた。
「な、何。ゆーゆ何もしてないよ〜」
「君ら早く友達になってくれない? そしたら私はぼっちでいられる」
「私は花恋ちゃんと友達でいたいな」
「嫌だ」
「即答しないで〜」
「私はずっと何度も君らと友達になりたくないって言っている。あんまり私に期待を押し付けないで。手紙の件も。自分で蒔いた種くらい自分でどうにかして」
「……分かった。無理言ってごめんなさい」
これで一件落着と、ウィンナーを口に運ぼうとしたけれど、また食べるタイミングを阻止された。
「くーちん、協力してあげた方がいいよ〜」
「嫌だよ面倒くさい」
「でも、仮にれーちんが手紙を書いたと証言したとして〜、信じてもらえると思う〜?」
そうだった〜。よくよく考えたら、氷冬さんの字が平凡で面白味が全くないってことおそらくバレていない。
きっと皆の中にはまるで書道家のような美しく洗練された文字を書く氷冬さんがいるはず。
あまりの解釈不一致により、氷冬さんが自ら証言したとしても信じてもらえるはずがない。
それどころか、真犯人に脅されていると思われて、さらに事態悪化に繋がる危険性がある。
「なんで氷冬さんの字は絶望的に平凡なの」
「読めると思うけど」
「そういう意味じゃない。はぁ。それじゃあ天乃さん。あとはよろしく」
「え⁉︎ 私⁉︎」
「天乃さんと氷冬さん、お互いが証言すれば問題ないでしょう。天乃さんが、よくよく見たら氷冬さんの文字だったって言えば、納得させられるでしょう」
「それはやめた方がいいと思うよ〜」
「なんで」
「れーちんに人があまり寄って来ない理由の一つに〜、完璧がゆえの近寄り難さがあってね〜。もし少しでも親しみやすさがあったら〜囲まれやすくなっちゃうと思うよ〜。くうちんもそれは正直困るでしょ〜?」
私は唇を噛み締めるしかなかった。
彼女らの周りに人が増えるということは、引っ付かれている私の道をも塞ぐということ。
今まで遠目で見ていた人らが皆、彼女を囲む。
しかも氷冬さんは正直言ってコミュ障。天乃さんや安蘭樹さんほど上手く捌けない。
「分かったよ、分かりましたよ! やれば良いんでしょ! ほら行くよ!」
「私まだ一口も食べてない……」
「私だって半分も食べてない!」
強引に氷冬さんを連れて、生徒会室までやってきた。
無駄に二人付いているけど。
「どなた? これはこれは、一体どのようなご用件で」
生徒会長は言葉こそしっかりしているが、メガネを通り越してまでそのニヤけ蕩けた顔をしている。
「手紙の件ですが、落ちていた手紙を氷冬さんが誤って天乃さんの机に入れたんです。本来は私が持っているはずの手紙でした。ゴールデンウィーク前、姉に日付を追加して祖母に送るよう言われていたのですが、帰りにうっかり手紙を落としてしまい、忘れていたこともあって気づくのが遅くなってしまいました。故意ではないにせよ、このような事態を引き起こしてしまい申し訳ありません」
我ながら酷い言い訳ではあるが、あんなクソみたいな手紙の文章を考慮して、ここまで嘘を述べられた私を褒めてほしいくらいだ。
「……確認せず机に入れてすみませんでした」
「安易に騒ぎを起こしてしまい申し訳ありません」
天乃さんまで頭を下げたので、安蘭樹さんもとりあえず流れで頭を下げていた。
流石に花の三人も頭を下げている為、生徒会長は慌てて何も責めず、事態の収拾は任せるようにとカッコつけて言った。
「花恋、ありがとう」
「貸しだから」
「うん。あのね花恋、空いてる──」
「絶対教えない」
シュンとして私の方を見たが、私の答えは変わらない。
「じゃあ無断で行く」
「常識弁えろ」
「ゆーゆもくうちんの家行きたいな〜」
「ノーサンキュー」
「くうちん〜」
腕に捕まってくる安蘭樹さんを振り払おうと奮闘している横で、天乃さんは微笑んだ。
「私も花恋ちゃんの家に行きたいな」
「ノー」
「え〜」
手紙騒動は一段落したけれど、まだまだ面倒は続きそうだ。




