言葉にしなくていい関係
食べ終わった皿を下げて、洗った後食器棚に入れる。
氷冬さんがいることなんて気にせず、私は歯を磨きに向かった。
「何でついてくるの?」
「どうすればいいか分からなくて」
「じゃあ帰れば。何もすることないんでしょ」
歯ブラシを口に入れ、私は会話を断つ。
氷冬さんの方は向かず、鏡越しにお互いの顔を見るだけ。
「月餅ちゃん、写真撮って帰ったらお兄ちゃん喜ぶ。犬好きだから。それに、花恋の大切な子だから、私も好きなりたい」
なら写真撮って帰ればいい。撮ってればいずれ愛着も湧く。私が相手をする必要なんてない。
「勝手に撮ってれば」
口を濯いで私はリビングに戻る。
すっかり元気になった月餅は私の側に駆け寄って尻尾をぶんぶんと振り回している。
「花恋のこと大好きなんだね」
月餅は後ろから現れた氷冬さんを見て尻尾の動きを弱めていく。
「月、氷冬さん噛まないでよ。面倒なことになるから」
ソファに座ると、月餅も私にあげるようせがむ。
ソファにあげると、迷いなく私の膝に乗ってくる。
落ちないように体に手を添えると、勢いをなくした尻尾が少し復活した。
カシャっという音が聞こえ顔を上げると、もう一度同じくシャッター音が聞こえた。
「何してるの」
「花恋が笑ってたから」
スマホをずらして見せた顔は、さっき見せたへったくそな笑顔と違って、ほんのりと少しの変化ではあるけれど、自然な違和感のない笑顔になっていた。
「消して」
「嫌だ」
「消せ」
「嫌。だって、初めて見た花恋の笑顔だもん」
私はスマホを取り出し、カメラを開いた。カシャっという音を響かせる。
「間違い探しレベル」
氷冬さんは私の隣に座ると、ずいっと顔を近づけてきた。
「今私の写真撮ったの?」
「文句ある?」
「じゃあ、私と花恋は友達?」
「何でそうなるの」
「だって、お互いの写真持ってる」
「そんなんで友達になれるなら、卒アルに写ってる全員と友達にならなきゃでしょ。違うよ。言ったでしょ、私は氷冬さん達と友達になる気はない。私の友達は一人でいい」
「じゃあ、私と花恋は何?」
「さあね。友達でないことは確か」
「どうして友達になってくれないの?」
「碌なもんじゃない」
うっかり口に出していた。氷冬さんといるとペースが崩れるせいだ。
氷冬さんは人に合わせるなんてことはしない。そんなやり方知らないからだ。
そのせいで私の方が崩れていたみたいだ。
「じゃあ、友達以外の関係になりたい。ちゃんと言葉にできる関係」
突っ込まれたらどうしようかと思ったけれど、氷冬さんのせいで作った隙は氷冬さんだから意味をなさずに済んだ。
良いのか悪いのか、ただ一つ言えるとすれば、氷冬さんと二人だから助かったというだけ。
天乃さんか安蘭樹さんがいれば、確実にツッコまれていた。
「じゃあ他人」
「もっと仲良い関係が良い。調べる」
氷冬さんはスマホと睨めっこを始めた。
ポチポチポチポチと真剣な表情で。
きっと、私の時もこんな風に調べていたのだろう。