運命に愛されし者と嫌われた者
もうすぐゴールデンウィーク。絶好の引きこもり週間がやってくる。
学校がないのは嬉しい事だけれど、それ以上に嬉しい事がある。
それは、天乃さん達から解放されるから!
はあ、想像するだけで幸せだよ。
ゴールデンウィークは三人全員ブロックして、溜まる通知に悩まされる事なく、三人の事など頭に過らせる余地も与えずに休日を満喫する。
幸せな笑みを浮かべている私が容易に想像できる。
早く来ないかな、ゴールデンウィーク。
「花恋の家行っていい?」
「絶対駄目」
私が描いた幸せなゴールデンウィークに、躊躇いもなく泥を塗ろうとしてきた。
それは許し難い行為だ。
そもそも彼女らは根本的に勘違いしている節がある。
私が彼女達と友達になるのではなく、私はあくまで彼女らに友達ができるようプロデュースするだけ。
はっきり伝えたつもりなんだけど、どうして理解してくれないのやら。
「でも」
「駄目」
「行ってみたい」
「駄目」
「どうして?」
「不快」
「じゃあ不快にならない」
「じゃあ消えて」
「それはできない」
「じゃあ諦めて」
「……花恋は何が好き?」
「一人」
「私は花恋に会えないの寂しい」
意図的なのか偶然なのか、立てば私より視線が高いくせに、今は私と目を合わそうと上目遣いでお願いしてくる。
「家の人に聞くだけ聞いてみたらどうかな、花恋ちゃん」
「くーちんのことだし〜、メッセージでの交流すらやらなさそうだもんね〜。未だにゆーゆのメッセージにも一度も返信された事ないし。送る気ないなら〜会ってあげよ〜。ゴールデンウィークだしね〜」
なんでよりハードルの高い直接会うという行為をしなければならないのか。
でもまあそれ以上に──
「意外。安蘭樹さんは自分も行きたいって言うのかと思ってた」
「おばあちゃん家に行くから〜」
私も祖父母の家に行くとか言えばよかった。
「花恋〜」
まあ、嘘を吐くタイミングはまだあるしいいか。
「はぁ、聞くだけ聞くよ。無理だと思うけど」
「ありがとう、花恋」
なんて答えられようが断るけど。そもそも聞きもしないし。
束の間の喜びを胸に抱いていればいい。
◇◆◇◆◇
放課後、私達はもう一緒に帰るのが当たり前になってしまった。
私が逃げようとしても、ホームルームの段階で天乃さんに腕をがっしりと掴まれ、そこを上手くすり抜けても安蘭樹さんがドア前で私を全身を使って塞き止める。
そしてそこを抜けても氷冬さんに出口付近で捕まる。
もう逃げられないフォーメーションを組まれてしまっていた。
「はぁ……」
「お疲れ?」
「君らのせいでね」
「もう帰れるよ〜。次の駅だしね〜」
「ゴールが見えている方が、そこに辿り着けない分疲れるんだよ」
でもあとは乗り換えるだけ。帰ったら窒息するまで月吸ってストレス発散しないと。
「あれ? 花恋じゃん」
なんだろう、すごく嫌な予感が。
「ちょうど良かった。買い物付き合って」
半歩出ていた私の体は、一番前で電車を待っていたお姉に押し戻された。
「ちょっとお姉!」
「何? いいじゃん暇でしょ。ありゃ?」
視野の狭いお姉は、ようやく三人に気づいたらしい。
「天乃ちゃんじゃん! 久しぶり! そっちの二人は? まさか花恋の友達⁉︎」
「違う! 付き纏い!」
「えっと〜、くう──花恋ちゃんのクラスメイトで安蘭樹悠優っていいます」
「氷冬怜です。お昼一緒に食べてます」
「ああ、君達が。ごめんね、花恋捻くれているから皆に散々面倒掛けたでしょう」
むしろ私が面倒かけられていたんだけど。
今はお姉にまで面倒かけられているし。
一体私が何をしたって言うの。
「いえ、花恋ちゃんにはわがままに付き合ってもらって。あまり良い印象を抱かれていなくても当然だと思います」
分かっているなら私から離れてくれないかな。
「そんなことないよ」
なんでお姉がそんな言葉を言うの! しかも私の気持ちと真逆の言葉を!
「花恋が日頃どんな言動をしているのか、想像はできる。この子捻くれていて性格悪いし。でもね、良くも悪くも正直だから、花恋の言動に嘘はない。だからこそ今皆といるって事は、本気で嫌がってるわけじゃないから安心して。そもそもこの子、本気で嫌だったら殴ってでも遠ざけるから、案外皆のこと気に入って──」
「余計なこと言うな馬鹿お姉!」
「代弁してあげてるんだから感謝してよ」
「ペラペラと憶測を並べるのは代弁じゃない!」
電車の中という公共の場で、お姉を強制的に黙らせる事はできない。
お姉がどこまで私を連れて行くつもりかは分からないけれど、とにかくお姉が喋ったらすぐに言葉を被せて阻止するしかない。
「あの、花恋のお姉さん」
「どうしたの?」
「ゴールデンウィーク、お家にお邪魔してもいいですか?」
あ、詰んだ。
私は近くの柱を掴み、頭を垂れて項垂れた。
この後の事なんて容易に想像がつく。
短い間だけだったけど、私に夢を見せてくれてありがとう、ゴールデンウィーク。
「もちろん! いつでもおいで。花恋、分かっていると思うけど、家の場所後でちゃんと送るんだよ。お母さんにも言っておくから、もし無視なんてしたらどうなるか分かってるよね」
家族は基本的に私に甘い。親戚含め空瀬家のヒエラルキートップは私だ。
だから、家でも私に真っ向から逆らうとか、ましてや脅しなど普通ならば通用しない。
しかし、今は普通ではない。
私に友達ができたと勘違いしている現状、空瀬家のヒエラルキートップに彼女らも並んでしまう。
彼女らの為ならば、私に圧を掛けるのも難くない。
そして、私はその圧に逆らう恐ろしさを知っている。
特にお母さんの圧は、母から母上になるほど、私はもう逆らうことが出来なくなってしまう。
こうなった以上は腹を括るしかない。
「分かったよ」
私にできる唯一の抵抗は、気乗りしない態度だけであった。