最初で最後のお出かけ
お金を頂戴する為に、送られてきた内容をお母さんに教えた。
それがお姉に伝わり、今こうしてお姉が張り切る展開が生まれた。
「前髪は毛先を巻いちゃおう。そもそも邪魔でしょ。そしてこのフリフリのワンピースを──」
「絶対嫌だ」
「ちぇー。可愛いのに」
こうしてお姉プロデュースの私が完成した。
サングラス、着けてもいいけど水族館では不自然だからできるなら外しなさいと言われた。
お姉、いくら天乃さんがこっち側の人間だからって、この甘いマスクを晒すのは抵抗がある。
そして二人の写真を撮ってきなさいって言われた。 撮らなかったら乗り込むって脅されたし。
何なのあの人、暇人なの?
◇◆◇◆◇
ついについてしまった。
人混みの中サングラスをしたまま天乃さんを見つけるのは至難の技なので、一時的に外す。
でも、外さなくてもすぐ見つけられたかもしれない。
そもそも顔よく知らないし。
何気に初めてちゃんと見る顔。
たしかにまあ、可愛いと思った。芸能界に入っても全然埋もれないどころか、なりたい顔ランキングで必ずランクインしそうな顔。
でもまあ、私ほどではない。
じっと見ていたせいか、視線を感じたのか彼女が振り向きそうになった。
サングラスして行けばいいものの、思わず隠れてしまった。
白いカーディガンに茶色のロングスカート。
帽子を深く被り、下を向いて顔を見えないようにしている。
さて、どうしよう。
「ねえ君可愛いね。俺らとお茶しない?」
久々なナンパ。しかし、被害者は私じゃない。天乃さんだ。
「人待っているので」
「えーずっとそこにいたじゃーん。いいじゃんいいじゃん。ちょっと遊ぶだけだから。行こ行こ」
「いや、あの──」
思わず体が動いていた。
私も声をかけられそうになったからとか、そういういつもの危機回避ではない。
初めて、人の為に体が思わず動いた。
連れていかれそうな天乃さんの両肩に、手を置いた。
「遅くなってごめん。お兄ちゃんももうすぐくるよ。さっき駅で盗撮犯捕まえてたから。お兄ちゃん勢い余って犯人のスマホ片手で粉砕してたけどあれ弁償しないといけないのかな? あ、すみません。妹に何か用事ありましたか?」
「いや、なんでもない」
「そうですか。それじゃあ先店行こう」
彼女の手を引いて、とにかく進んだ。
「助けてくれてありがとう、花恋ちゃん」
「どういたしまして」
「花恋ちゃん、すごくかっこよかった」
「そうですか」
私の足は不自然に止まった。
まるで歩いている途中で時間が止まったかのように。
繋いだ手に急速に発生し出した汗にも、注目されている視線も気にならなくなるほど、私の思考は止まっていた。
耳に入ってくるざわめきだけが、私がここに存在していることを証明している。
中学のクラスメイトと目が合った気がしてならなかった。
別にいたって変じゃない。ここは都会だし、中学の人達からしても絶好の遊び場だ。
でも、見つけてしまうとは思わなかった。
気づかれていないか、話しかけられたらどうしようか、ただただ怖かった。
「花恋ちゃん?」
その一言が私を現実に引き戻した。
足が地につき、繋いだ手を緩め、視線も人と目を合わさないように動かした。
ただ、口だけは動かなかった。頭を動かす勇気もなかった。
私の心臓の音が警鐘となって、今ある事実を教えている。
動かない私を見て、道に迷ったとでも思ったのか、天乃さんが私の手を引いて先を歩き始めた。
「水族館こっちだよ。ちゃんと調べてきたんだ!」
自信に溢れた顔をこちらに向けた。
そんな彼女を見てようやく私の口が開いた。
「そうじゃないです」
「え? あ! おしゃれしてきてくれてありがとう。すごく素敵だよ」
どう解釈したら褒め言葉待ちだと思うのか、私はまだ天乃さんへの理解が足りないようだ。
「そうじゃなくて、急に止まったの変に思わないんですか?」
「思わないよ。人混み慣れてないと戸惑っちゃうもんね。でも大丈夫、私がちゃんとエスコートするから。せっかくのデートだからね」
周囲の人が皆見惚れるほどの笑顔を天乃さんは私に向けた。
相変わらずの憎たらしい笑顔。
それに、デートなんかじゃない。でも、今の私にツッコむ気力はない。
私は何も言わず、引かれるままに天乃さんの後についた。
「チケット買わないんですか?」
「うん。去年叔母さんにここのペアチケット貰っていたの。一緒に行く人がいなかったからどうしようかと思っていたけれど、花恋ちゃんと来れて嬉しい」
水族館なんて何年ぶりだろう。最後に来たのは確か小学生の遠足だっただろうか。
久しぶりのこともあって、正直ほんの少しワクワクしている。
多種多様な魚、深海魚、よく分からない生き物、クラゲ、ペンギンや北極熊などの有名どころ等。懐かしくて、新鮮で、私はどんな顔をしていただろう。
「広いね〜。私お腹空いてきちゃった。そろそろお昼ご飯食べよう」
「そうですね」
私はラーメン、天乃さんはカレーをそれぞれ食べた。
相変わらず味が薄いと感じながらも、お腹を鳴らすわけにはいかないから完食した。
「この後イルカショーがあるんだって。行こう、花恋ちゃん」
開演五分前に着いたせいか、後ろの方はもう埋まっていた。
あとは確実に濡れるであろう前の方。
見るのは諦めようと言おうと天乃さんの方を見ると、目を輝せながら楽しみだねと言ってきたから言えなかった。
大人しく空いている席でなるべく後ろに座った。
大丈夫、こういうのは濡れてこそ。
そう自分に暗示をかけて、イルカショーに挑む。
でも、結局は水と共にその暗示も洗い流されてしまう。
目の前のイルカショーでテンションを上げるべきなのか、それともびしょ濡れになった全身でテンションを下げるべきなのか、私の心は複雑だった。
一方を無視して全力で楽しんだり、落ち込んだりなんて器用なこと、この私でさえも不可能だった。
「凄かったねイルカショー! 私あんなに間近でちゃんと見たの初めて! すごいびしょびしょになったけど、それでもすごい楽しかったね!」
はっ、水も滴る良い女だから濡れても気にしないって?
だったら今の私は水も滴る超良い女だ!
私を楽しませ、私の魅力を引き上げてくれたイルカさんに感謝を送りたい。
そんなこんなで、体を乾かした後入ったお土産屋さんで、知らず知らずのうちに私は片手で抱えられるサイズのイルカのぬいぐるみを購入していた。
「今日は付き合ってくれてありがとう、花恋ちゃん。……あれ?」
天乃さんはようやく思い出したのだろう。そもそもこれは私へのお詫びであるということに。
そう、私は未だにお詫びなどされていない。むしろ引っ掻き回されただけだ。
「ご、ごめんね! 花恋ちゃんとのお出かけ楽しくて目的見失っちゃってた。本当にごめんね。今からでもちゃんとお詫びさせてください!」
「いえ、結構です」
「遠慮しないで」
「するわけないです」
「あ、近くに美味しいって評判のカフェがあるの。そこ奢らせて」
「絶対嫌です」
天乃さんと二人っきりでカフェとか絶対いや。
どうせ入ったらずっと話しかけるんでしょ。すぐ出るなんてしないんでしょ。
嫌だ。天乃さんと親しく話すなんて無理。想像できない。
「それじゃあ……」
私はどうにか切り抜ける方法がないかとスマホを出した。
「あっ。それじゃあ少し付き合ってください」
「うん! もちろん!」