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花の道しるべ  作者: 輝 静
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同じ轍を踏ませない為に

 意外と早く彼女はやって来た。

 天乃さんが丁度隠れたくらい。図ったと思われるタイミングだが、彼女達がそんなことしないのはなんとなく分かる。


「くうちん……」

「どうぞお座り。じっくり話そうじゃない。逃げてもいいよ。それが君の答えならね」


 彼女は恐る恐る歩を進めた。まるでこれから生け贄として捧げられる人。

 それほど重い足取りで、挙動不審で浮かない表情をしている。


 今までの私に比べたら友好的に接して、わざわざ隣に来るよう叩いて教えてあげているのに、そんな顔を浮かべるとは失礼の一言ではないだろうか。


 私は君にそれほどの事をしてしまったという事実に覚えはない。

 むしろ私がされた事ならこの数日間という短い期間にかかわらず記憶の中に多数存在する。

 そのことを悔やんでいるというのなら、彼女の状態に納得がいく。


 天乃さんとは違い、素直に私の隣に着席する。

 いつも以上に指が自由を堪能しており、目もその小さな可動範囲を動き回っている。

 きっと彼女の心臓は今ライブ会場になっている。

 ロックだろうか、音楽が弾けているだろう。


「あ、あの、ごめんなさい……」


 いつもの間延びした話し方は出張中だろうか、それとも臨時休業だろうか。

 もしくは消え入りそうな声には元々適応外なのだろうか、そんな事はどうだっていい。


 別に彼女の謝罪なんて今は意味のないもの。

 あくまでこれは話を聞く為の場。

 謝罪を受け入れるか入れないか、それは未来の私が決めること。

 これはそこに行き着くまでの過程にしか過ぎない。


「とりあえず聞きたいことは二つだけ。友達はいるのか、何故私をくうちんと呼ぶのか。これ以外の話を今聞く予定はない。それを踏まえた上でお話しください」


 迷っているのか、考えているのか、それとも怖がっているのか、彼女は地面と対面していた顔を空に向けた。

 とても良い景色だろう。雲の少ない青空。まるで夏を彷彿とさせる。


 最近はどんどん暑くなっている。五月中旬には本格的に半袖にシフトチェンジしてしまうかもしれない。


「いないよ……」

「一度も?」

「うん。ゆーゆ付き合いがすごい悪いから、仲良くなる機会作れなかったんだよね」


 なんとびっくり、天乃さんと真逆ではありませんか。

 でも、確かに考えてみると彼女が私を遊びに誘ったことなんて一度もないし、寄り道を提案したことすらもない。

 一番遊びに誘いそうな性格をしているくせに、不思議な事だ。


「ゆーゆ、弟と妹がいるんだけど、妹はまだ園児で、弟も運動部で。だから、妹の迎えとか世話で早く帰らないといけないの」

「いや、別にそこまで聞いてない」


 たしかに理由はちょっと、本当にちょっと、ミジンコレベルで気になっていたけど。


「それで、なんで私くうちんなの? くう要素ある? 私の本名知ってる? てかいつもの間の抜けた喋り方は?」

「だって、腹立っている相手にあんな喋り方されたらムカつくでしょ。本当はいつもの話し方の方が慣れているんだけどね」


 あっちがデフォなのか。キャラ付けかと思っていた。


「名前はちゃんと知っているよ。空瀬花恋。綺麗な名前。ゆーゆ、人との仲良くなり方なんて知らないから、弟に相談したの。弟は友達たくさんいるから。そしたら、女子はあだ名で呼び合ったりしているって教えてもらったから、名字の漢字からの連想で。ほら、いきなり下の名前はちょっと失礼でしょ」


 その言葉あの二人に聞かしてほしいというのと、いきなりあだ名はそれ以上に失礼だという自覚を持ってほしい。


「そ、じゃあもういいよ。向こう行っといて」

「いつもの喋り方でもいい?」

「いいからあっち行って」

「はーい」


 さてと、一番なんとも思っていなさそうな最後の一人はいつ来るのかな。


「花恋。あの、ごめんなさい」


 後ろから登場した最後の一人は頭を下げて私に紙袋を差し出していた。


 普段羽織っているだけのブレザーのボタンをしっかりと閉めて、シャツの第一ボタンまで閉じている。


 彼女は必要以上の力で紙袋を握り、とても人に渡しているようには見えない。

 側から見れば不服そうにしている人だ。


「今は謝罪を聞く気はない。ただ一つだけ答えてほしいことがある。だからさ、人と話す姿勢になって」

「話してくれるの?」

「同じことは二度も言わない」

「ありがとう」


 私が隣を叩くと、深呼吸をした後静かに座った。


「聞きたいことは、友達がいたことはあるかという意味。もちろん現在進行形でもいい」

「いない。悠優達とは一括りで見られているから、なし崩しに一緒にいるだけ。友達と言われると否定する。そもそも、私と対等に接してくれる人なんて今まで誰一人としていなかった。いつも私を神格化していた。だから、そうしない花恋とは友達になれるかなって思った。花恋は私を他の人と差異なく扱ってくれて、初めて人間として扱われた気がしたの。だから、もっと仲良くなりたくて我儘言った。花恋の気持ちなんて考えてなかった。私の気持ちだけ押し付けた。ごめんなさい」


 きっと二人も同じだ。一番知りたかった私と仲良くなりたい理由。だって、それは過去の私も一緒だったから。

 ここまで聞いて、私は彼女らを責めることはできないと思い知らされた。皆、誰かの事を考えるなんてせずに今まで生きてきた。それが正解だった。間違いだなんて誰にも言われなかった。教えてくれなかった。

 なぜなら、これは私達だけに許された正解で、本来は間違いでしかない。


 世間で勝ち組に見える私達は、人として負け組である。

 私は一度完全敗北した。そして、この地で、この姿でリスタートした。

 でも、この三人はまだ負けていない。

 彼女達を負けさせるもさせないも私次第。


「友達か……」

「え?」

「何でもない。とりあえず聞きたいことは聞いたし、あそこにいる二人を呼んできて。次の授業お互い体育でしょ。早く決着つけよう」


 過去の失敗を、トラウマをどう使うかは私の自由。

 このまま封をしたままでもそれはそれでいいかもしれない。


 でも、もし役に立つというのなら、失敗した道を歩ませないように先輩として彼女達を支えるのも良いかもしれない。


 ──うん、決めた。


 私は私の為にこの選択を信じる。彼女達を真っ当な、間違えのない人間にする努力をする。

 そして私に執着されないようにする!


「呼んできた」

「何度も言っているけど、私は君達のこと好きじゃない。友達とも思っていない。うざったい人達だとしか思っていない」


 隙のない三段口撃に三人は居た堪れなさそうにしていた。

 でも、私の言葉はこれで終わりじゃない。


「でも、話を聞いて分かった。君達はお互い友達じゃない。友達すらいたことがない。君達のせいじゃない。環境にそうさせられた。散々迷惑をかけられたけど、そのことに関してだけは同情する。

私も君達に誇れるほど人付き合いが多いわけでもない。なにしろ今はゼロだから。でも、君達よりかは友達というものを理解している。だから、手伝ってあげる。

君達のことを友達と思っているわけじゃない。なろうとも思っていない。でも、いつか友達ができるように私が教えてあげる。頼りないとは思うけど、私なりに知識と経験をフル活用して、立派な友達関係を築かせてみせる」


 私は三人に向けて手を差し出した。

 正直、未だに一人でいられるならいたいと思う。でも、この子達を過去の私と同じにしたくない。


 あの時払い除けられて行き場のなくなった手。

 きっとその手はここに繋がっていた。

 彼女達を導く手として。


「私、嬉しかったの。特別扱いでもなく、嘲笑でもなく、皆と差異なく扱ってくれた事が。私は人の本音と冗談の違いが分からない。だから、これからも困らせることは沢山あると思う。でも、花恋ちゃんが教えてくれるなら私、安心して花恋ちゃんと一緒にいたい」


 天乃さんは私の手を握り、二人の方を見た。

 少々引っかかるところがあったけれど、とりあえず今は目を瞑っておく。


「ゆーゆの知識はたぶん偏りが多くて、その度に迷惑をかけるかもしれない。でも、くうちんにならゆーゆは迷惑をかけられる。くうちんがこの手を離さないでくれたら、ゆーゆは何度でも反省する。くうちん、嫌になってもゆーゆを見捨てないでくれる?」

「喋り方元に戻すんじゃなかったの。らしくない」


 安蘭樹さんはへへっと笑みを溢すと、手の甲から私の手を握った。


「そうだね〜。くうちんが嫌って言っても、ゆーゆは絶対手を離さないよ〜」


 最後は君だけだ。


「なんて言えばいいのかよく分からない。二人みたいに思いを上手く口に出来ない。でも、花恋と離れたくない。花恋と友達になりたい。それは本当で。……やっぱり上手く言えない。一緒にいたら、言えるようになるかな?」


 それはもう国語力の問題だから私がどうこうできる次元じゃないと思う。

 あと、私は友達にならないとずっと言っている。


「言えなくてもいいと思う。友達って、時として家族以上の信頼を得たり、唯一の拠り所になったり。それは人それぞれだと思うけど、これだけははっきり言える。友達っていうのは、信頼あってこそ。信頼があれば、全てを言葉にしなくてもきっと通じ合える。そして私は君らとそのような関係は望んでいない」

「そんな関係になれたら、どれほど幸せだろうね。きっと何度も間違える。でも、皆がいれば怖くないかもしれない」


 氷冬さんは皆の手を包み込んだ。

 君もしかして都合の悪いことは聞こえない都合の良い耳してない?


 こうして、何の変哲もないはずの日常から始まったごっこ以上友達未満の純粋で歪な関係性がひっそりと生まれた。


「これだけは約束する。私は君達が出会ってきたような人じゃない。君達が好きじゃない。羨ましくも恨めしくもない。うざったいだけ。だからこそ、君達に飾らない真実を与えられる。そして、私は絶対友達にならない」


 私らしく、ここからやり直そう。彼女達と一緒に。

 ここからが本当のリスタート。

キリがいいのと、良い感じに下書きが減ったので二話投稿はここで終えて、毎日一話投稿に戻します。

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