別に好きじゃない
午前授業が終わり、警戒している昼休みに突入した。今日は珍しく十分休憩に優華達が近づいてきたりしなかったけど、昼休みはどうなのだろうか。私としてはこのままそっとしておいてほしい。
「ねえ花恋ちゃん」
思った矢先にこれだよ。
「何?」
「怜ちゃんと喧嘩でもした?」
悠優の次は怜か。はぁ……なんでそうなるの。
「別に」
「でも怜ちゃん、ずっと花恋ちゃんに嫌われたって言っているから」
好きじゃないと言ったからなのか、逃げたからなのか、一体どこでそう判断したのやら。私が好きじゃないというのも、逃げようとするのもいつものことなのに。
でも、今はそれが原因で近づいてこようとしないのなら助かる。怜と顔を合わせると考えただけで動揺しそうになってしまう現状なのだから。実際に顔を合わせて平静でいられる自信がない。
「私が君らの事好きじゃないと言うのはいつもの事だから」
「だからこそ、怜ちゃんがあそこまで落ち込むのが不思議でしょうがないの。ねえ花恋ちゃん、何があったの?」
「私が悪いとでも言いたいの?」
「ううん、違うよ。私は花恋ちゃんと怜ちゃんがすれ違うのを見ているのが嫌なだけ。力になりたいの。怜ちゃんは何を聞いても教えてくれなかったから、花恋ちゃんに教えてもらおうと思って」
優華に言ったところでどうせ何も解決しない。時間くらいしか解決してくれるものはないだろう。でも、ずっと優華が間に入ろうと余計な事されるのも嫌だな。
「……大した事じゃない。ただ、いつもみたいに怜の突飛な行動に振り回されただけ」
「じゃあどうして、花恋ちゃんは怜ちゃんを避けようとしているの?」
「私が君らを避けるのはいつもの事でしょ」
「そうだけど、そうじゃなくて。意識して避けているように思えて。もし、近づいてきたのが私じゃなくて怜ちゃんなら、花恋ちゃん逃げてたよね」
優華の言葉に何も返せなかった。無言の肯定をしてしまう。
「花恋ちゃん、信用してなんて言わないけど、私じゃ、力不足なの?」
優華が両手で私の手を握ると、心臓が一瞬大きく鳴り響き、驚いて手を振り払った。
「やっぱり花恋ちゃんおかしいよ」
優華は眉間に皺を寄せ、一度払われたにも関わらず再び手を握り、心配そうに私を見ていた。
手を握られるなんて慣れているのに、熱くて、むず痒くて、今すぐ離したくなる。
「離して」
「嫌だ」
「離して」
「嫌だ。離したら花恋ちゃん逃げちゃうもん」
「……逃げないから、お願い」
優華は顔を赤くすると、力無く手を離した。
◇◆◇◆◇
最近はすっかり来ていなかった中庭に久しぶりにやってきた。
「端的に言うと、怜にキスされてどうすればいいのか分からず困惑しているって事。怜がどうして私に嫌われたと思っているのかは知らない」
「怜ちゃんにもキスされたの⁉︎」
「うるさい」
耳に手を当てて不快だと目線を送ると、一瞬で塩らしくなった。
「ご、ごめんね。そっか、キスされたんだ……」
優華はチラッと私を一瞥した後伏目がちになり、自分の手の甲を交互に摩っている。
「怜はしょっちゅう変な事言うししてくるけど、流石に不意打ちすぎて私も動揺して。今もどんな顔すればいいのかよく分からない」
「そっか…………」
聞くだけ聞いて何のアドバイスもなしか。まあ、最初から期待していなかったけど損した気分。
「花恋ちゃんはその、怜ちゃんと仲直りしたいと思う?」
「仲直りかはともかく、怜に振り回されている現状はどうにかしたい。怜のせいで過敏になっているのか、心臓ずっとうるさいままだし」
優華はずっと落ち着きなく手を動かしていたのに、私がそう言った瞬間急に静止し、目を見開いてじっと私に目線を向けている。
「何?」
「……花恋ちゃんは、怜ちゃんが好きなの……?」
「…………はぁ?」
何言ってるんだこの人は。頭が恋愛脳にフルチェンジでもしたの?
「私が怜を好きになるわけないじゃん。あの怜だよ。何考えているか分からないし余計なことをしでかす怜だよ。ないでしょ」
「でも、心臓うるさいって」
「じゃあ何、悠優に頬触られた時も今もうるさいんだから、私は悠優と優華も好きって事になるの? 馬鹿らしい。変な事言わないでよ。そもそも、心臓がうるさくなるのは恋愛の時だけじゃないに決まっているでしょ。全く、これだから恋愛脳は」
一度そっぽ向いた後、優華の方を横目でチラリと見ると、顔を真っ赤にして固まっていた。
そのまま放置して横を素通りしたら、ようやく電源が入ったかのように急に動き出して、私の手を思いっきり引っ張った。
「ばっ──⁉︎」
あまりに急だったので、力に倣ってそのまま後ろに倒れた。
地面の割には衝撃が薄く、何より柔らかかった。
どうやら真後ろにいた優華も巻き込まれたようだ。いや、そもそも優華のせいなのだけれど。
「馬鹿じゃないの。いきなり人を引っ張って、何考えてるの」
「ごめんね。ちょっと動揺しちゃって」
優華は寝そべったまま私を抱きしめ、胸の辺りに手を置いた。
「本当だ。ドキドキしてる」
「そりゃ急に後ろに倒れたらするよ」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
何急に哲学みたいな事言っているのやら。
「……そろそろ離してほしいんだけど」
「えっあっ、ごめんね花恋ちゃん。本当に、ごめんね」
優華が腕を緩めたので、私はそのまま立ち上がる。
優華も立ち上がりこそしなかったが、上体を起こし、何か考えているのか地面の一点を見つめている。
しばらくして、スカートについた土を叩きながら立ち上がる。
「本当にごめんね花恋ちゃん。ちょっと、焦っていたのかもしれない」
顔を赤面させ、目を合わさないよう伏目にさせ、おまけにその目は少し潤んでいるように見える。初めてしっかりと恋する乙女の表情を見た気がする。
優華を見ているとまた少し、心臓が苦しくなった。




